隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)

2(side:桐山)



 今にして思えば、彼女を好きになったのは初めて会った時からかもしれない。


 久しぶりに『本邸』で兄妹三人が集まる。
 妹の世羅(せら)はなにがおかしいのか僕の隣でケラケラと笑っている。


「玲兄。全然あの人に嫉妬されてなかったよね」
「う、うるさい!」

 世羅の言葉に苛立って、乱暴な仕草でワインをグラスに注ぐ。
 そして、気持ちを沈めるために一息に飲み干した。


「あー! それお父様のとっておきのワインなんだから、もっと大事に飲みなよ?」
「瀬良。そう言ってやるな。玲は意中の彼女に全く相手にされてなくて、可哀想な立場なんだから」

 諌めるように兄が世羅に言い聞かせる。それに世良は「はーい」と返事をした。
 けれど、兄の言葉は紛れもなく、僕を煽るものだ。その証拠に兄の口角は面白そうに上がっている。

(……駄目だ。挑発に乗るな)

 そう自分自身に念じながら、向かいに座った兄を睨む。
 妹の世羅と兄の(しょう)は性格が似ている。
 人当たりは良いものの、その実。愉快犯で、二人で共謀して僕を揶揄うのは日常茶飯事だった。

「というか、なんで将兄さんこそ、あのホテルに居たんです?」
「世羅から、あのホテルに行けば、お前の意中の相手が見れると聞いてな。せっかくだから、お前の恋のアシスタントをしてやろうと思ったんだが……」

 ニヤニヤと目を細める兄は足を組んで、僕の肩に腕を廻した。

「ちょっと、近いですよ」


 ぐいっと押し除けようとすれば、兄はわざとらしく眉を下げる。

「昔は可愛かったのになぁ。どこへ行くのにも、兄ちゃん兄ちゃんってくっついてきたのに……時間の経過とはかくも残酷なものなのか」

 ふっと息を吐く兄に、世羅まで口を挟む。

「将兄かわいそー」


 うそだ。絶対可哀想だなんて思っていないだろう。よく回る口を塞ぐために、生ハムの乗ったクラッカーを差し出すと、世羅はそれを受け取って、ムグムグと食べ始める。

「それで、彼女のどこが好きなんだ?」

 兄は新しくワインを開け、それを僕のグラスに足していく。さぁ、飲めと促したのは、僕の口を滑りやすくするためなのだろう。


(普段だったら絶対に言わないのに)

 今日は心が弱っているのか誰かに彼女とのことを話したいと思っていた。
 兄はことさらゆっくりと話し掛ける。


「ここに居るのは俺達兄妹三人だけ。他の誰にもお前の気持ちを伝えやしない。もちろん俺の嫁である七海にもだ」


 この人は本当に弱っているところにつけ込むのが上手い。

 花咲さんに想いを抱いて二年。その間、兄が僕に花咲さんのことを聞かなかったくせに、僕が口を開くであろうタイミングを狙って、畳み掛けるのだから、我が兄ながら末恐ろしい。
 妹の世羅なんて僕に好きな人が居ると分かった時点であれこれ聞いてきた。

「…………絶対に内緒にする。だから言ってみろ。そうすれば、お前だって楽になれるかもしれないぞ?」

 まるで悪魔の誘惑。グラグラと理性が揺れる。


「玲。お前が心配なんだ。ずっと自分を内に秘めるお前のことが……」

 天性の人たらしだと言われる由縁を今ここで発揮しないでほしい。
 肩をポンと叩いて、兄がワインを飲む。その姿は悔しいけれど、やっぱりさまになっている。


「それに……どうせ世羅には言うつもりだったんだろう?」
「そうだよー。玲兄言ってたじゃない。今日私があのホテルに着いていったら花咲さんのことを話してくれる、って。だから着いていったのに!」
「ほら。俺だけ仲間はずれだなんて寂しいなぁ」
「玲兄。仲間はずれはいけないんだよ?」
「そうだよな世羅?」
「だよね。将兄」

 今の僕の状況こそ仲間はずれにされようとしているのではないか?
 タチの悪い二人に囲まれて、重たい溜息を吐き出す。


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