隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)
彼は営業職だけあって話の膨らませ方が上手かった。だから適当に会話を切り上げようと思ったのに、気が付けば会社の最寄駅に到着する頃になっていた。
(そういえば桐山くんと仕事以外の話をするなんて久しぶりかもしれない)
彼と話す内容はもっぱら仕事の話ばかりだ。それに彼は営業の仕事で、出社しても外で案件をこなしていることが多い。
たまに戻ってきたと思えば、あっという間に女子社員が彼を取り囲むし、上役からも呼び出されて、そのまま打ち合わせをしていることは珍しくない。
だからこうして雑談するなんて、本当に久々だ。
(桐山くんのことは嫌いじゃないけど)
離していても嫌な感じはしないし、それどころか会話をリードして盛り立ててくれる。優しいし、気が利く良い青年だと思う。
だけど、やっぱり。会社では周囲の目が合って、自分からは積極的に関われない。
(保身的でごめん!)
改めて、謝るのもおかしな話なので、こっそりとそう思う。
でも、このご時世。せっかくホワイト会社に入ったんだから、多少の人間関係が原因で辞めたくはない。
申し訳なさに俯けば、背後から彼が微笑った気配がしたーーなんだろうと思って振り向こうとすれば、彼はなんてことのない様子で、地雷を撒く。
「そういえば会社の皆にお土産のお菓子を買ってきたので、花咲さんも食べてください――それと花咲さんにはいつもお世話になっていますから『個人的なお土産』も用意したので、電車から降りたら渡しますね」
「いつもありがとう。だけど桐山くんのサポートは仕事の内なのだから個人的なお土産は大丈夫だよ」
(桐山くんからの『個人的なお土産』だなんて受け取れるわけないじゃない!)
心の中のツッコミは当然出せるものじゃなかったから、愛想笑いをして、躱そうとした。
会社の最寄駅でほいほい受け取ってしまえば、誰が見ているか分かったものじゃない。
他の人にないお土産を受け取れば、余計に会社の後輩達がわたしへの見る目が厳しくなることくらいは容易に想像できる。
正直に言えば、今している世間話ですら電車内に会社の人間が居ないかさっと見渡すくらい警戒しているのだ。ただの世間話をすることですら神経を使ったのに、物を貰うだなんて冗談じゃない。
壁に耳あり障子に目あり。彼の純粋なお礼の気持ちには悪いけれど、ある程度はこちらも気を付けなければ。
桐山くんだって年上な地味な女と噂されるだなんて困るだろう。
(それにどうせなら受付の高山さんや新卒の佐藤さんや会社で一番人気の森田さんに渡せばいいのに)
皆彼を射止めようと躍起になっていると噂されている。
というより『桐山くんの個人的なお土産』なんてわたし以外の女子社員であれば誰だって喜ぶだろう。
だから内心冷や汗を掻きながら断ったのに、頭上から萎んだ声が聞こえてきた。
「……僕は花咲さんに渡そうと思って買ってきましたが、迷惑でしたか?」