隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)
ずるい。そんな落ち込んだ声を出されては罪悪感の棘がチクチクと突き刺す。その通りです、とは言いにくい。かと言って『個人的なお土産』を受け取るのも……。
どうしようと返答に困っていると、急に電車が大きく揺れた。
「あっ……」
「花咲さん!」
バランスが崩れて転びそうになったのを支えてくれたのは彼の腕だ。
背後から抱きしめられる形で助けられると、ふわりと彼の使っているだろうシャンプーの匂いが鼻を擽る。
(どうしよう。すごく良い匂いがした)
抱きしめられていると、意外にも彼が逞しいことが分かって、秘密を覗き見したみたいで、妙に心臓がドキドキする。
(助けられただけなのに)
こんなことで動揺してしまうなんて恥ずかしい。なんとか平静を装って、声を掛ける。
「ご、ごめんなさい。もう大丈夫だから」
離してほしいと伝えようとしたのに、さっきよりも密集された人だかりのせいでお互いに身動きができない状態になってしまう。
見た目よりも逞しい、と考える自分が嫌だ。これじゃあ逆セクハラみたいじゃないか。
(早く、駅に着いて欲しい……!)
祈るように願う。このままじゃ心臓が保ちそうにない。彼が人助けのためにわたしを抱きしめているということくらいちゃんと理解している。
だけど、やっぱり男の人に形式的とはいえ、男の人とこうも密着するのはなんだか落ち着かなくて、頬に熱が集まる。
(なに、意識しているの)
背中から感じる彼の体温と鼻を擽る彼の香り。ビジネスマンらしく相手を不快にさせない程度の爽やかな男の人の匂いが、密着した距離の近さを知らせているみたいだ。
「……花咲さん。今ここで貴女を離せば、小柄な貴女は人に揉みくちゃにされちゃうのかもしれません。だから嫌かもしれませんが、今だけは俺に抱きしめさせて貰えませんか?」
その言葉に電車内が混んでいるというのにわたしが人とぶつからなかったのは、彼が抱き込んで守っているからであることに気付く。
(わたし、自分の事ばかり考えてた)
彼は優しさで庇ってくれていたというのに、わたしときたらただの自意識過剰じゃないか。
さっきとは違う種類の羞恥が込み上がって、誤魔化すように下唇を強く噛む。
(ほんとわたしの馬鹿。桐山くんならこんなことなんでもないに決まっているじゃない)
反省しながら頷けば、彼は安堵したように息を吐き出した。
目的地の駅に到着するとわたしは彼にお礼を言って、コンビニに寄るからという口実で彼から離れる。
振り返らなかったせいで、桐山くんが熱の篭った視線でわたしを見つめていたことをわたしは知らなかった。