隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)
「なーんて、冗談ですよ。昨日あんなことがあったのに、男として意識されてないみたいだなんて思っていません。ええ、決して僕は拗ねていませんから」
……拗ねているんだ。
笑みを濃くした彼に、話題を変える。
「そういえば、桐山くんはどうしてわたしの住所を知っているの?」
彼に住所を教えた覚えはない。
(このご時世。会社だって個人情報を簡単に教えるわけないだろうし)
そう思って質問したら、桐山くんはあからさまに目を逸らして、わざとらしく靴を揃え始めた。
「……桐山くん?」
追求するようにして彼を呼べば、固まったあと。やけにぎこちない仕草でこちらに振り向いた。
「桃子さん」
「なに?」
「企業秘密、ということで」
「えっと。それはちょっと……」
「企業秘密ですから」
だめだ。このままではなにを言っても『企業秘密』で終わってしまう。
「他の人に知られていたら怖いし」
「それは僕がさせません!」
「どうやって?」
「それは……」
言葉を詰まらせる様子の桐山くんを見ていると、なんだかこちらが悪いことをしている気分になってくる。
仕方なく諦めて「今度で良いから教えてね」と言えば、彼は躊躇いながらも、頷いてくれた。
***
(あ、部屋に案内しちゃったけど……)
片付けてはいるものの、1Kの狭い部屋の中はわたしの好きな物を置いている。
ウサギのぬいぐるみとか、ピンクのカーテンとか、わたしに似合わないし。
家族以外この部屋に入れていなかったから、すっかり油断していた。
気まずさから目を逸らすと、彼は「可愛い部屋ですね」と言った。
「無理して褒めなくても良いよ」
自分に似合わないことくらい分かっている。けれど彼は首を横に振って力説した。
「無理なんかしていません。それとも桃子さんは僕の言葉が信じられませんか?」
真っ直ぐな目で見つめられると、なんだか照れ臭くなって、どもりそうになる。
「そんなことはないけど……」
「だったら信じてください。僕は貴女以上に可愛いと思える女性は居ませんから」
甘い言葉にカァッと顔に熱が集中する。
どんな言葉を返せば良いのか分からなくて、オロオロと視線を彷徨わせれば、彼がスッとわたしの頬に手を伸ばした。
「こんなに真っ赤になって可愛い」
「可愛いって……」
「このまま食べてしまいたいくらいに可愛いですよ」
頬を手を滑らせ、そして顎を固定される。視界一杯に映る彼の顔。蕩けるような笑みを桐山くんに向けられていた。
「桃子さん。キスしても良いですか?」
「わざわざ聞かないで」
「じゃあ、今度こそ僕の好きな時にしても良いんですね」
「そんなこと言ってな……」
言葉を封じるようにして、彼が唇を重ねる。
口付けはすぐに深いものに変わって、柔らかな彼の舌がわたしの口内を好きに貪ろうとしていた。
「ん……っ……ぁ」
息苦しくて仕方がないのに、キスが濃くなるたびに昨日の行為を思い出して、背筋がぞくりと粟立つ。
(わたし、期待しているの?)
この先の行為を期待して、彼が部屋に入ることを許したのだろうか。
長いキスが終わると、くたりと彼の胸に身体を預けた。
「あぁ、本当に可愛い」
柔らかく、髪を撫でられて、額に口付けられる。
「本当に、今日は様子を見にきただけなんですがーー桃子さん。貴方を抱きたい」
ストレートに誘われて、小さく頷く。
(これでわたしは「昨日は酔っていたから」って言い訳ができなくなった)
言い訳の免罪符。それを失っても、彼に抱かれることを自分自身で選んでしまった。
だけど、不思議と後悔はしていない。それどころかドキドキと鼓動が騒ぐ。