隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)
彼の両親に指定された場所は五つ星のホテルだった。
普段、自分では足を踏み入れない場所に行くことに加えて、彼の家族に会うのだと思うと余計に緊張する。
「桃子さん大丈夫ですから」
「でも……」
「そんなに不安そうな顔をしないで。両親だって楽しみにしているんですよ。それに、今日はそんなに堅苦しいものじゃないから、僕の兄妹だって来てしまいますし」
目的地に到着してタクシーから降りると、彼は横に並んで手を繋いだ。
わたしの手が緊張で汗が溜まっているから、と離そうとすれば、彼は「繋いでしまえばどちらのものか分かりません」と言って、指を絡めた。
「大丈夫かな」
「桃子さんならいつだって大丈夫です」
部屋に通されると、待ち合わせの時間よりもかなり早く来たから、まだ誰も来ていない。
相手を待たせなかったことにホッと息を吐く。
「緊張している桃子さんも可愛いですけど、両親は絶対に桃子さんを気に入りますよ」
「どうしてそんなに確信を持って言えるの?」
「だって僕が選んだ相手です。何があっても文句を言わせません」
「……なにそれ」
ふん、と胸を張った彼に緊張が和らぐ。
クスクスと笑っていると、こちらにやってくる足音がした。
***
彼の言葉通り、玲くんの両親はわたしを歓迎してくれた。
「それにしても玲がこんな素敵なお嬢さんを捕まえるだなんて、お母さんびっくりしちゃったわ」
鈴を転がすように笑って、話し掛けられる。
彼の母親は小柄で、クルクルと変わる表情が魅力的な女性だった。
そこに玲くんの妹がそろりとこちらを窺うように尋ねた。
「でも本当に兄で大丈夫なんですか? 逃げるなら今のうちですよ?」
「こら、それで逃げられたらどうする?」
彼の父親が嗜めると、彼女はわたしに視線を向けたまま続けた。
「だって玲兄の愛情ってハタから見ても重たいから……心配になっちゃって。知ってる? 桃子さんのしている婚約指輪だって玲兄がまだ自分の想いを伝えていない頃に勝手に用意した物なんだよ」
左手に輝いているのは大粒のダイヤ。某有名宝石店で購入したらしいソレは結婚を前提に付き合うと決めてすぐに渡されたものだ。
(なんでわたしの指輪のサイズを知っているのかは謎だけど……)
彼に尋ねても意味深に笑って答えてくれなかった。
「本当のことでも、言っていいことあるだろう?」
そう彼の兄が嗜める。ニコリと向けられた笑みはやっぱり玲くんに似ている。
「玲がストーカーよろしく桃子さんのことを嗅ぎ回っていたことも、付き合っていないのに、彼女の似合いそうな物も大量に買っていたことも、デートの下調べに一人で店に行っていたことも、いじらしい努力をしていたんだから。健気過ぎる努力に兄ちゃん泣きそうだよ」
(え、そんなことをしていたんだ?)
隣で座っている玲くんを見れば、ぷるぷると震えていた。
あ、これはまずい。
「僕の結婚。破談にさせたいんですか!」
「まさか」
兄妹が口を揃って否定する。
「だって、これで結婚できなきゃ一生桃子さんに付き纏うだろうし?」
「兄ちゃん。弟がストーカーで訴えられたら嫌だな……」
「お母さんも嫌よ」
「お父さんも嫌だ」
「お母さんとお父さんまでノらないでください! ほら、桃子さんも否定して? 僕と結婚してくれますよね?」
必死に言い募る玲くんに笑って頷く。
「はい。不束者ですがどうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。俯いていてどんな顔をしているのか分からない。
けれど歓迎されていることはありありと伝わった。