隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)
「お見合い、するんですか?」
ぽつりと小さな声だった。
彼の顔は俯いたまま。どんな表情をしているか分からない。けれど一瞬だけ見た傷付いたような顔は気のせいだったのだろうか。
(……ううん。わたしのお見合いが桐山くんになんの関係があるっていうの)
たいして親しくもない会社の同僚相手がお見合いしたところでどうでもいいことだろう。ただの社交的な会話だ。意識するほうがおかしい。
朝の件で、自意識過剰になっている自分の愚かさに呆れながら、彼の問いに答える。
「ええ。相手が了承すればだけれど」
どうせ聞かれてしまっているのだ。下手な誤魔化しなんて必要ないだろう。はっきりと告げると、彼の肩がピクリと跳ね上がった。
「それじゃあ相手方が断れば会うこともない、と?」
「まぁ、向こうだって都合もあるだろうし」
がばりと勢いよく顔を上げた眼差しがあまりに真っ直ぐにわたしを見つめるものだから、みっともなく狼狽えそうになる。平然を装いながら、また朝のように誰かに見られても嫌だと思って、さっさと切り上げるために口を開く。
「わたしお昼休憩も終わるしこのまま会社に戻るわ。桐山くんは確か午後から得意先に見積書を渡しに行く予定だよね?」
「ええ。打ち合わせついでに渡す予定です。メールで済む用件かもしれませんが、できる限りお互いの顔を見て取引していきたいので」
彼はスマートになんでもこなしているのかと思いきや、その都会的なルックスと異なって意外なほどに努力家だ。
現に出勤してからパソコンのメールを確認すれば、桐山くんからの仕事の依頼メールは夜中や早朝にも届いているし、休みの日は得意先に会うことだってあると聞く。
一度だけ名刺のファイリングを頼まれたことがあったけれど、彼が持っていた名刺の裏側には顧客の性格、特徴、好きなもの、嫌いなもの等の情報がびっしりと書き込まれていた。
そういった細かい情報も卒なく覚えているからこそ顧客から信頼されているのだと思う。
畑違いだった営業の仕事に対して真剣に向き合おうとしているところを傍で見てきた。だからこそ、本当は桐山くんという人柄を好ましく思っている。それは恋愛感情というものではないけれど、わたしは彼を尊敬しているのだ。
自然と彼に対する労りの言葉を掛ける声が穏やかなものになる。
「京都の出張明けで疲れていると思うけれど、頑張ってね」
「いえ、疲れは吹き飛びました。それより朝話していたお土産……ちょうど今手元にあるので、受け取って貰えませんか?」
桐山くんからの『個人的なお土産』は電車から降りた際に渡そうとしてくれたけれど、わたしがやんわりと別の話題を振ることで流したつもりだった。
それに会社に着いてからはお土産を渡そうとする素振りもなかったので、てっきりそのまま流されてくれたままかと思っていた。
「桐山くん。わたしも朝話していた通り、貴方をサポートするのはわたしの仕事なんだから本当に気を遣わなくていいの」
「…………花咲さんにとって僕はお土産一つ渡されるのも迷惑な存在ですか?」
強情なわたしの態度に彼は悲しそうに目を伏せ、自分の保身のためだけに彼を傷付けてしまったことを悟る。
「あ……」
「……すみません。女々しいことを言ってしまいたね。ここだったら会社の人も居ないし、つい自分の気持ちを優先してしまいました」
そのまま引き留める間もなく、お辞儀だけして去っていく。
恐らく彼は自分のせいでわたしが後輩達に陰口を言われていることを知っていた。だから会社では渡さないで、わざわざこの場で渡そうとしていたのだ。
もしかしたら普段公園に居ない彼がこの場に居たのはわたしを追いかけてきたからかもしれない。
(……わたしの馬鹿)
けれど今更追いかけてなんと声をかければいい?
今のわたしが口に出す言葉は言い訳がましく、余計に彼を傷付けてしまうのではないだろうか。
「ごめんなさい」
消え入りそうな謝罪は当然彼に届くことはないまま、わたしは呆然と小さくなっていく背中を見送った。