孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
夜風が、頬をかすめていく。
駅へ向かう道、紬は人波に紛れながら、どこかぼんやりと歩いていた。

涙が出るわけじゃない。
でも、胸の奥に、じんわりと冷たいものが滲んでいる。

がっかり――。
そんな言葉が、まるで形を持ったように心の中に居座っていた。

ただ、仕事の延長で食事に誘われただけ。
業務を終えた社会人同士の、よくある社交辞令。それ以上でもそれ以下でもない。

あの誘いに、意味なんてなかった。
それが、なくなっただけ。
そう、今日だって、もともと一人で帰るつもりだった。
帰って、冷蔵庫にあるものを適当に並べて、ご飯を済ませて、静かな部屋でテレビをつけて。
何も変わらなかったはずなのに。

――なのに、どうして。

どうして、こんなに空しいんだろう。

駅のホームに立ち、電車のライトが遠くに見えた頃、
紬はふっと、自分の胸の中に、期待という名の影があったことに気づいた。

そんなもの、持っていたつもりなんてなかったのに。
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