孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
自動ドアの外、夜風にわずかにスーツの裾が揺れる。

隣にいる莉子は、まるで人目などどうでもいいとでも言うように、彼の腕にそっと絡ませてきた。
細くて華やかな爪がスーツの生地を撫でる。
けれど一条の心は、どこか別の場所にあった。

深く、静かに息を吐く。
隠そうとも思わなかった。

「……」

莉子の笑みがかすかに揺れる。
「なに、私と食事に行くのも嫌になった?」
その問いに、一条は答えず歩き出す。

数歩遅れて、ヒールの音が続く。

「……今日は、そういう気分じゃない。」

短く、感情を交えず告げると、莉子が少し声を強めた。
「私はそういう気分じゃなくても、あなたの求めに応じてきたけど。」

一条は足を止めない。

罪悪感がまったくないわけじゃない。
莉子にだって、少しは心を寄せられる瞬間があった。
けれど――本当の意味で、向き合う気にはなれなかった。

それは、彼女が何かを求める目をしているからだった。
自分と似たような空洞を抱えていて、それを埋めるように愛のフリをする。

一条は知っていた。
愛のない欲情が、どれだけむなしく体を通り過ぎていくか。
そこに心を繋ぐ糸なんて、どこにも存在しないことを。

自分勝手で、衝動的で、本能だけで動いている。
だからこそ、傷つけもするし、誰かを欲しがる。
それでも、“愛”なんてものが本当にあるのか――わからなかった。

少なくとも、自分は今まで、それを感じたことがなかった。

そうして、またひとつ、心を閉ざして歩き続ける。
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