孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
「セクハラの件ですが……その後、大丈夫でしたか?」

電話越しの一条の声は、いつもよりも少し柔らかく、心からの心配がにじんでいた。

紬は、小さく息を整えて答える。

「はい。同僚たちが力を貸してくれて……今日、上司に話すことができました。ちゃんと対処してくれそうです」

「……それは、よかった」
一条の声に安堵の色が混じるのがわかる。

「でも、相談する勇気が出たのは――」
紬は少し言葉を探してから、静かに続けた。
「一条さんが、あの日あんなふうに助けてくれたからです。あの優しさがなかったら、私は多分、また黙ったままだったかもしれません」

「……」
電話の向こうで、小さく何かを噛みしめるような沈黙があった。

「だから、まずは自分で会社に話してみようって思えたんです。今の部署には、信頼できる人たちがいるから……それもちゃんとわかってるつもりです」

「――あなたは、強い人だと思います」
一条の声は、どこまでも誠実だった。

そして、少しだけ間を空けてから、静かに言った。

「もしよかったら、この後、食事でもどうですか?色んな案件も重なって、最近は少し慌ただしかったですし……お疲れ様も兼ねて。僕も、あなたにはお世話になってますから」

不意に差し込まれた言葉に、紬の胸がふわりと浮いた。

「えっと……はい。この前のお礼もちゃんとしたいので……ぜひ」

「よかった。じゃあ、少し静かなお店を知ってるんです。そちらに直接向かいましょうか。場所、メッセージで送りますね」

「わかりました。楽しみにしてます」

通話を切ると、手の中のスマホがほんのり熱を帯びているように感じた。

(なんか、夢みたいだな……)

そう思いながら、紬はそっと髪を整え、向かう準備を始めた。
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