旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
「ううん。言わなくていいです」

 涙が出そうだったのに出なかった。
 零れたのは、むしろ笑みだ。

「無理やり言わせるなんてどうかしてました。〝期待〟ってそういうことですよね」
「薫子」
「私、和永さんが一番嫌がることしてる。それだけはしちゃ駄目ってずっと思ってたのに」
「薫子、待ってくれ俺は……ッ」

 焦った声で私を呼ぶあなたの声が、ふと遠くなる。
 再び取られた手に視線を向け、それから私はゆっくりとあなたの指をそこから外した。さっきまでとは違って掴み方は浅く、ああ、この人は強く掴み直すことを恐れているのかも、となんとなく思う。

 これ以上は、離婚を盾にあなたに言わせてしまうだけだ。
 あなたに本心から言ってほしい言葉を、私は私自身のせいであなたの本心だとは信じきれなくなる。

「時間をください。頭、冷やしたいので」

 目を見て伝えてから、靴を脱いで廊下を進んでいく。
 振り返らずに寝室へ向かった私の背を、あなたがどんな目で見ていたのか、あるいは見ていなかったのか、考えるだけで気が滅入る。

 私は、自分で思うよりも遥かに我儘になってしまっている。
 寝室のドアを開けながら、ぼんやりとそう思った。
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