旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
「あの言葉を撤回してくれるわけでもないし、愛してるとも言ってくれないし、それなのに私に優しくするしあんなふうに触るし、今日は私のこと疑って怒るし、……もうどうしたらいいか分かんないです私……」

 離婚を撤回したら、また元の偽物みたいな夫婦に戻ってしまうかも。
 そう思えば怖くて撤回もできない。そういう狡い私の我儘だけが、ひたすら膨れ上がっていくばかりだ。

「……愛してる」

 沈黙を貫いていたあなたの低い声が、ふと耳を掠めた。
 弾かれたように、私は勢い良くあなたを見上げて、でも。

(……あ)

 しん、と心が冷えていく。
 触れることなく私を見下ろすあなたの顔は、愛する人に愛を告げる人のそれではなかった。少なくとも、私にはそういう顔には見えなかった。

「そう言ったら、離婚しないでくれるのか」

 続いたのは、温度も湿度もない、どこまでも淡々とした平坦な声だ。
 血の気を引かせて呆然と呟くあなたの顔に浮かんでいるのは、もはや怯えに近い感情に見えた。

 届きそうだったのに届かない。
 あるいは、届いているのに言葉が足りていない。そんな感じが確かにする。
 けれど今、このタイミングで、その言葉だけは聞きたくなかった。
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