旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
 耳にかかっていた吐息が離れて安堵したのも束の間、今度は唇にそれを感じて全身が熱くなる。
 潮風に肌を撫でられて涼しささえ感じていたくらいなのに、たった一瞬で逆上せてしまったかのように目が回って、一層強く瞼を瞑った――そのとき。

「……悪い。いじめすぎた」

 聴取めいた、淡々としたさっきまでのそれとは打って変わって、和永さんの声は掠れきっていた。
 は、と吐息とも疑問符ともつかない細い声を漏らし、私は呆然と瞼を開く。そのときには、唇に吐息がかかるほど近づけられていたはずの顔は離れていた。抱き寄せられていた腰からも手が離れていて、どこからどこまでが現実なのか判断がつかなくなる。

 屈んでいた身体を離しながら目を逸らした和永さんの眉間には、深く皺が寄っていて、私の目にはひどく困っているような表情に見えた。

「明日、仕事だろう。こんな時間まで連れ回して悪かった」

 背を向けられてしまったのに、片手は掴まれたままだ。
 それだけが、今にもキスされそうなほど顔を近づけられたことが夢ではなかったと証明してくれているみたいで、くらりと眩暈がした。

 うまく頭が回らない。
 あなたが触れた耳にも腰にも、まだ感触が残っている。
 唇にかかった熱っぽい吐息も。

「い、いいえ……」

 なんとか絞り出した返事は掠れきっていて、恥ずかしさに拍車がかかる。
 取られた手に指が絡む。放そうと試みる気力も、私にはもう残っていなかった。
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