旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
 唇を奪うつもりで顔を寄せた。
 なにひとつ拒まないし、拒まない理由を口にするでもないから、意地の悪い気持ちが芽生えた。

 だが、衝撃に備えるように固く閉じた瞼を見たとき、ギリギリで思い出した。この人は俺に『誠実であってほしい』と言ったんだった――それがこの人の、結婚にあたっての唯一の条件だった、と。

 キスを待つ女はあんな顔をしない。
 あの顔を見ていなかったら、多分、自分は艶やかな唇をそのまま塞いでしまっていた。

 触れているに等しい距離から離れられた自分の理性を褒めたくなる。だがやはり、行き着くのは『なんでこんなに頑張ってるんだ』という自問自答だ。
 キスは避けた。抱き寄せていた腰も放した。それなのに、繋いだ手だけは放せない。君は君で、振りほどこうとする素振りひとつ見せない。

(……分からなすぎる……)

 どうするのが正しいのか、どの選択肢が正解なのか、少しも分からないまま君の手を引いて車に戻るしかなかった。
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