旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
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『好きなんだろ、奥さんのこと』

 マンションのエレベーターに乗りながら緊張が高まる。帰り際に聞いた織田原の声が、ずっと頭に残って離れない。
 薫子はもう帰っているだろうか。朝に顔を見たときは顔色が芳しくなかった。
 昨日の一連はうやむやにしたままだ。問い詰められずに済んでほっとしている自分の不誠実さに辟易しつつも、そもそもどうしてあんなことをしでかしたのか、自分でもよく分かっていなかった。

 だが、今なら分かる。
 以前の自分なら、離婚届を見つけた瞬間に膝から崩れるなんてあり得なかった。見つけたと同時に、やっぱりこうなるのか、と諦めの溜息でも落として同意のためのペンを取ったに違いなかった。
 それなのに、帰った薫子に『挽回のチャンスを』などとしぶとく切り出せたのはなぜなのか。なんとか時間を作って一緒に過ごし、簡単には逃げられない場所に連れ出してまで離婚の理由を聞き出したくなった理由はなんなのか。

 どちらの疑問も、突き詰めれば同じ答えに辿り着く。
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