不器用なプロポーズ
彼との出逢い
「これはまた、まさに典型といった感じだね。古宮さん」
「自分でもそう思います」
秘書課課長である安近さんから述べられた自身への評価に、私はつい半笑いで答えた。典型と言われれば、まさにそうだと言えるからだ。
今の私は、地味なダークグレーのセットアップスーツを着て、髪はシンプルなバレッタでひっつめて度無しの眼鏡を掛けている。今時ここまで型にはまった姿をしている者はそういないだろう。
私は今、どこからどう見ても『秘書』だった。
「そんなに気負わなくてもいいんだよ」
安近さんの優しい言葉に、自然と笑顔が零れた。
安近 寛人(やすちか ひろと)。彼は私が今日から配属になった秘書課の総責任者で、上司であり指導役でもある。
物腰柔らかい四十過ぎの紳士で、白髪交じりの髪を上品に撫でつけ、落ち着いたブラウンのスーツが本人の纏う空気と相まってとても良く似合っていた。
―――二十二歳の春、私は大学を卒業し無事三嶋システムに採用された。しかしそれは、私の思っていたのとは少し違った始まりとなった。
総務の事務員として採用試験を受けたはずが、合同基礎研修を終え配属通知で知らされたのはなんと『秘書課』。
確かに、大学時代に秘書検定も取得していたし、海外ドラマ好きが高じて英語も得意だ。パソコンスキルも就職に合わせてスクールに通ったからそう低くはないと思う。
けれど新卒の合同研修を終えた頃伝えられた配属先に、思わず目が点になったのは言うまでもなかった。
秘書? 私が?
どうして?
ああいうのって、まさしく美人!って人がなるもんじゃないの?
正直な感想が疑問となって若干私を困惑させた。
偏見かもしれないけれど、よくある会社受付や女性秘書は皆総じて整った外見をしていると思う。それに比べて私は、中肉中背、容姿だって十人並み程度で、化粧でなんとか一般レベルだ。しかしまあ、三嶋システムの代表は在学中に起業するような人だから、もしかすると実力重視なのかもしれない。
それでも、ある程度社会経験を積み、出来るならば取引先等を把握している現社員の誰かから選抜する方が合理的だと思う。
新卒ホヤホヤ、合同基礎研修を終えただけの小娘をいきなり秘書にする理由がいまいち判らなかった。
違和感は多大にあったけれど、まさか辞令に文句をつけるわけにもいかない。
就職氷河期と言われる真っ只中、採用して貰えただけでも御の字なのだ。
予想外ではあったけれど、不安を抱きながらもやれるだけやってみようと覚悟だけは決め、それを服装にも込めて今日私は出勤したのだった。
「それじゃあ、三嶋社長に挨拶に行こうか。先程まで取引先と電話で話していた様だったけど、もうそろそろ終った頃だろう」
「はい」
安近さんに促され、私は社長室へと移動する事になった。
◆◇◆
「社長、古宮さんをお連れしました」
「入れ」
了承の言葉と共に重厚な扉が開かれ、室内の様子が目に入る。
役職に相応しく広めにとられた部屋には、来客用のソファとテーブル、その反対側には専属秘書用のデスクが置かれていた。
社長室なんて大層なものはテレビドラマくらいでしか見たことが無いけれど、恐らくスタンダードなタイプなんだろうな、となんとなくそう思う。
そして、部屋の中央奥―――重厚な書斎机に一人の男性が寄り掛かりながら手にした書類を眺めているのが見えた。
高い身長が、ブラインド越しに差し込んだ昼の光に長い影を落としている。
自然と視線が惹き付けられた。
……本当に厳しそうな人だわ。
こちらを圧倒さえしてくる彼の存在感は、つい先日まで学生だった自分には結構辛かった。
私がここまで典型的なお堅い服装を選んだのも、自分が彼の視界に直接入るのだという恐れと緊張があったからだ。
彫りの深い顔立ち、少しキツめの切れ長の瞳を更に際立たせる細フレームの眼鏡。
高い長身は、纏う空気も相まってこちらを威圧しているようにすら見える。
入社試験を受けるにあたって、三嶋社長についてもある程度調べはした。そして、実際本人を目の前にしても、私の中の印象は変わらなかった。
硬質で、無表情。恐らく他人に感情を見せないタイプの……まさに経営者で、支配者。
大学を卒業したばかりの小娘とは、比べ物にならない経験をしているのだろう人を前に、私は緊張で声が震えてしまわない様注意しながら口を開く。
「本日より秘書課配属となりました、古宮 真澄(こみや ますみ)です。よろしくお願いします」
名乗り終えてから腰を折り頭を下げる。顔を見ていなくとも、三嶋社長の切れ長の瞳が自分を捉えているのがわかった。
「ああ……よろしく。仕事は安近から学んでくれ。初日に悪いが、これから取引先と会う事になった。二人とも同行を。古宮君は隣に控えているだけでいい」
私が頭を上げるのと同時に、三嶋社長が端的にそう告げた。
視線が一瞬だけ彼とぶつかったけれど、ブラインド越しに差し込んだ光が彼の眼鏡を反射させた為わからなくなる。それから、三嶋社長の言葉を改めて反芻して、驚いた。
……同行って言った?今。
私、配属初日なんですけど……?
この後はてっきり、部署での研修に入るものだと考えていた私は内心狼狽えた。
「畏まりました」
しかしこちらの心境をおかまいなしに、隣に控えていた安近さんが了承の返事を返し視線で促す。
どうやら決定事項らしい。
「それでは、一旦失礼いたします」
「し、失礼します」
安近さんが退出の断りを入れるのに倣いながら、私の頭は「何か失敗したらどうしよう」という不安でいっぱいになっていた。
ただ一つだけ、扉を出る瞬間に見えた、ストライプ模様に降りる光と影の前で佇む三嶋社長の姿だけは、妙に目に焼き付いた。
「自分でもそう思います」
秘書課課長である安近さんから述べられた自身への評価に、私はつい半笑いで答えた。典型と言われれば、まさにそうだと言えるからだ。
今の私は、地味なダークグレーのセットアップスーツを着て、髪はシンプルなバレッタでひっつめて度無しの眼鏡を掛けている。今時ここまで型にはまった姿をしている者はそういないだろう。
私は今、どこからどう見ても『秘書』だった。
「そんなに気負わなくてもいいんだよ」
安近さんの優しい言葉に、自然と笑顔が零れた。
安近 寛人(やすちか ひろと)。彼は私が今日から配属になった秘書課の総責任者で、上司であり指導役でもある。
物腰柔らかい四十過ぎの紳士で、白髪交じりの髪を上品に撫でつけ、落ち着いたブラウンのスーツが本人の纏う空気と相まってとても良く似合っていた。
―――二十二歳の春、私は大学を卒業し無事三嶋システムに採用された。しかしそれは、私の思っていたのとは少し違った始まりとなった。
総務の事務員として採用試験を受けたはずが、合同基礎研修を終え配属通知で知らされたのはなんと『秘書課』。
確かに、大学時代に秘書検定も取得していたし、海外ドラマ好きが高じて英語も得意だ。パソコンスキルも就職に合わせてスクールに通ったからそう低くはないと思う。
けれど新卒の合同研修を終えた頃伝えられた配属先に、思わず目が点になったのは言うまでもなかった。
秘書? 私が?
どうして?
ああいうのって、まさしく美人!って人がなるもんじゃないの?
正直な感想が疑問となって若干私を困惑させた。
偏見かもしれないけれど、よくある会社受付や女性秘書は皆総じて整った外見をしていると思う。それに比べて私は、中肉中背、容姿だって十人並み程度で、化粧でなんとか一般レベルだ。しかしまあ、三嶋システムの代表は在学中に起業するような人だから、もしかすると実力重視なのかもしれない。
それでも、ある程度社会経験を積み、出来るならば取引先等を把握している現社員の誰かから選抜する方が合理的だと思う。
新卒ホヤホヤ、合同基礎研修を終えただけの小娘をいきなり秘書にする理由がいまいち判らなかった。
違和感は多大にあったけれど、まさか辞令に文句をつけるわけにもいかない。
就職氷河期と言われる真っ只中、採用して貰えただけでも御の字なのだ。
予想外ではあったけれど、不安を抱きながらもやれるだけやってみようと覚悟だけは決め、それを服装にも込めて今日私は出勤したのだった。
「それじゃあ、三嶋社長に挨拶に行こうか。先程まで取引先と電話で話していた様だったけど、もうそろそろ終った頃だろう」
「はい」
安近さんに促され、私は社長室へと移動する事になった。
◆◇◆
「社長、古宮さんをお連れしました」
「入れ」
了承の言葉と共に重厚な扉が開かれ、室内の様子が目に入る。
役職に相応しく広めにとられた部屋には、来客用のソファとテーブル、その反対側には専属秘書用のデスクが置かれていた。
社長室なんて大層なものはテレビドラマくらいでしか見たことが無いけれど、恐らくスタンダードなタイプなんだろうな、となんとなくそう思う。
そして、部屋の中央奥―――重厚な書斎机に一人の男性が寄り掛かりながら手にした書類を眺めているのが見えた。
高い身長が、ブラインド越しに差し込んだ昼の光に長い影を落としている。
自然と視線が惹き付けられた。
……本当に厳しそうな人だわ。
こちらを圧倒さえしてくる彼の存在感は、つい先日まで学生だった自分には結構辛かった。
私がここまで典型的なお堅い服装を選んだのも、自分が彼の視界に直接入るのだという恐れと緊張があったからだ。
彫りの深い顔立ち、少しキツめの切れ長の瞳を更に際立たせる細フレームの眼鏡。
高い長身は、纏う空気も相まってこちらを威圧しているようにすら見える。
入社試験を受けるにあたって、三嶋社長についてもある程度調べはした。そして、実際本人を目の前にしても、私の中の印象は変わらなかった。
硬質で、無表情。恐らく他人に感情を見せないタイプの……まさに経営者で、支配者。
大学を卒業したばかりの小娘とは、比べ物にならない経験をしているのだろう人を前に、私は緊張で声が震えてしまわない様注意しながら口を開く。
「本日より秘書課配属となりました、古宮 真澄(こみや ますみ)です。よろしくお願いします」
名乗り終えてから腰を折り頭を下げる。顔を見ていなくとも、三嶋社長の切れ長の瞳が自分を捉えているのがわかった。
「ああ……よろしく。仕事は安近から学んでくれ。初日に悪いが、これから取引先と会う事になった。二人とも同行を。古宮君は隣に控えているだけでいい」
私が頭を上げるのと同時に、三嶋社長が端的にそう告げた。
視線が一瞬だけ彼とぶつかったけれど、ブラインド越しに差し込んだ光が彼の眼鏡を反射させた為わからなくなる。それから、三嶋社長の言葉を改めて反芻して、驚いた。
……同行って言った?今。
私、配属初日なんですけど……?
この後はてっきり、部署での研修に入るものだと考えていた私は内心狼狽えた。
「畏まりました」
しかしこちらの心境をおかまいなしに、隣に控えていた安近さんが了承の返事を返し視線で促す。
どうやら決定事項らしい。
「それでは、一旦失礼いたします」
「し、失礼します」
安近さんが退出の断りを入れるのに倣いながら、私の頭は「何か失敗したらどうしよう」という不安でいっぱいになっていた。
ただ一つだけ、扉を出る瞬間に見えた、ストライプ模様に降りる光と影の前で佇む三嶋社長の姿だけは、妙に目に焼き付いた。