不器用なプロポーズ
彼の寝顔
足先に冷たさを感じて、私は身じろぎした。
けれど身体はまるで何かに包まれているように、身動きが取れない。
でも、苦しいわけじゃない。むしろ心地良くて。
何か優しくて暖かいものに抱かれているような、そんな感じ。
あったかい。このまま動きたくないなぁ……。
そういえば、昨日仕事辞めたんだっけ……。なら、ゆっくり寝てても誰にも文句言われないよね……。
それにしてもあったかいなぁ。このお布団。私こんな良いお布団買ったっけ……?
そんな事を考えながら、ゆっくりと目を開けた私は、目前の光景に唖然とした。
………
目の前には、すやすやと眠る彼―――三嶋社長の顔があった。
……は……?
……はいっ!?
ど、どーいう事!?
声には出さずに内心思い切り叫んだ。
(飛び起きなかっただけ自分を褒めたい)
何で?
どうして社長と同じベッドで寝てるの?
しかも何で抱き締められてるのよ―――!
暖かかったのは布団じゃなくて人間か!
人って、本気でパニックになると声も出ないらしい。
「ん……」
ぎゃっ!
三嶋社長がほんの少し、抱きしめる腕に力を込めてきて、私は思わず身体をびくつかせた。
おおおおお、起きた……?
っていうかちょっとこの手!この腕!どうして腰と背中に回ってるのー!
いやでも起きるな!まだ起きないでよ!
起こさないとこの状況について聞けないのに、彼が起きるのが恐い。
恐る恐る彼の顔を窺うと、やはりすやすやと眠っている。
良かった。結構熟睡してるみたい……ってそうじゃなくて。
一体何なのかしらこの状況。とりあえずまだパニックは収まってないけど夢じゃないのは確かみたいだし……感触とか空気とかリアル過ぎるでしょ。
って、本当になんで社長と寝てるの?私?
目の前には眠る三嶋社長。つい、顔をまじまじと見てしまう。
(そんな場合じゃない事はわかってるんだけど)
……寝顔は結構可愛いかも、なんて思う。
彫りの深いシャープな顔立ちも、いつもは厳しい顔しかしないのに、今は眼鏡も外しているせいか少し柔らかく見える。やっぱり顔は良いのよね……顔は、だけど。
いやいや。そうじゃなくて。
どーしてこんなことに……?
少しだけ冷静になった私は、軽く部屋を見渡した。
身体は社長に抱き締められているので、目線だけで様子を窺う。
どこかの……ホテルかしら?寝室っていうのは確かだけど。
見覚えの無いシックな内装に、少々値の張りそうな備え付け家具。マホガニーだろうか。赤茶に輝く木製のサイドボード越しに濃紺のビロードのカーテンが凄く素敵に見える。
しかし、七年という秘書経験の中で頭に入っているホテル情報と照らし合わせてみても、思い当たる場所は無かった。
何処。ここ……それに今って何時くらいかしら……。
社長の体で見えにくいけれど、窓から差し込む光を見ると大体お昼頃だろうか。
にしても。私どうしてこんなことになってるのかしら?
軽く記憶を辿ってみると、ここで目覚める一つ前の出来事を思い出した。
あ、そうだわ。
確か――退社日の帰り際に三嶋社長に呼び止められて、そして―――
思い出すと同時に、かぁっと頬に熱が上がる。
キス、されたような……って、されたし!
そ、うよ……急にこの人にキスされて、何か変なものを飲まされて……。
気が付いたら、この部屋にいた。
でもなんで……。
じぃっと、目の前の顔をもう一度見る。
相変わらずすやすや眠ってくれちゃって。こっちはわけわかんないっていうのに。
たぶん、飲まされたあの液体で私は意識を失って……そしてここに連れてこられたってことよね。
一歩間違えれば、っていうかほぼ犯罪よ。けれどあの三嶋システムを立ち上げたこの人が、そんな馬鹿な事をするだろうか。
でも、私がここにいるということは、あれは本当にあったことで……。
だけどどうして?正直な所私程度の女なんて、掃いて捨てるほどいるのに。
彼の周りには、地味な秘書なんかより華やかで魅力溢れる女性が勝手に吸い寄せられてくる。それは七年間で飽きる程見た光景だ。女なんか選び放題のはずなのに……。
私を無理矢理、連れてきたのはどうして。
ん―――・・・もうっ。考えても仕方ないわ。
ここがどこかわかんないけど、とにかく帰らなきゃ。
この状態もどうにかしたいし……。心臓に悪いもの。
私はそぉっと、彼の腕を外してベッドから抜け出そうとした。
が、しかし。
「どこに行く」
すかさず伸びてきた手に、ぐいっと腕を掴まれて引っ張られた。
「っきゃ!?」
どさっと、またベッドに引き込まれる。
へ?
お、起きてるし!
後ろからまた抱きすくめられる。
ちょっとちょっとちょっと!
じたばたもがこうとするけれど、彼は一向に私を離す気配は無い様で。
「……行くな」
頭上から聞こえた彼の声に、私は暴れるのを止めた。
聞き間違いだろうか。彼の声が、震えているように聞こえた。
「……社長……? ご自分が何をしているか、わかってらっしゃるんですか?」
彼に抱き締められたまま、私は恐る恐る口にした。
どうして。こんな事をするのか。どうして、私なのか。
「思ったより冷静だな」
少し自嘲気味に、彼が言った。
……冷静ですって?
そんなわけないじゃない。こっちは起きてからずっと頭パニック状態よ。むしろ一発殴ってやりたいくらいなのに。
でも。
仕事の鬼で有名な彼が、なぜこんな、犯罪まがいの事をするのか。
行くなと私に言ったけれど……まさか、という思いが頭をよぎる。
けれど、彼の元で働いたこの七年、そんな素振りも、そんな思いを抱く状況すらも、微塵も無かったと思う。少なくとも私はそう思っていた。
「何が目的ですか」
勤めて冷静に、彼に問う。
すると、彼は再び私を強く抱き締め(心臓に悪いからやめてほしいのだけど)まるで何かを決意したように、口を開いた。
「目的なんかないさ。言っただろう。君が俺の元を離れるなんて許さない、と」
口にしながら、再びぎゅうと抱く腕に力を込める。何か複雑なものが入り混じった彼の声に、私の心臓がどきりとした。
「無理矢理な事をして悪かった……しかし、悪いついでに君にはここで一週間、俺と共に過ごしてもらう」
続けて彼が発した台詞に、私の思考はまた、完全に停止した――――
けれど身体はまるで何かに包まれているように、身動きが取れない。
でも、苦しいわけじゃない。むしろ心地良くて。
何か優しくて暖かいものに抱かれているような、そんな感じ。
あったかい。このまま動きたくないなぁ……。
そういえば、昨日仕事辞めたんだっけ……。なら、ゆっくり寝てても誰にも文句言われないよね……。
それにしてもあったかいなぁ。このお布団。私こんな良いお布団買ったっけ……?
そんな事を考えながら、ゆっくりと目を開けた私は、目前の光景に唖然とした。
………
目の前には、すやすやと眠る彼―――三嶋社長の顔があった。
……は……?
……はいっ!?
ど、どーいう事!?
声には出さずに内心思い切り叫んだ。
(飛び起きなかっただけ自分を褒めたい)
何で?
どうして社長と同じベッドで寝てるの?
しかも何で抱き締められてるのよ―――!
暖かかったのは布団じゃなくて人間か!
人って、本気でパニックになると声も出ないらしい。
「ん……」
ぎゃっ!
三嶋社長がほんの少し、抱きしめる腕に力を込めてきて、私は思わず身体をびくつかせた。
おおおおお、起きた……?
っていうかちょっとこの手!この腕!どうして腰と背中に回ってるのー!
いやでも起きるな!まだ起きないでよ!
起こさないとこの状況について聞けないのに、彼が起きるのが恐い。
恐る恐る彼の顔を窺うと、やはりすやすやと眠っている。
良かった。結構熟睡してるみたい……ってそうじゃなくて。
一体何なのかしらこの状況。とりあえずまだパニックは収まってないけど夢じゃないのは確かみたいだし……感触とか空気とかリアル過ぎるでしょ。
って、本当になんで社長と寝てるの?私?
目の前には眠る三嶋社長。つい、顔をまじまじと見てしまう。
(そんな場合じゃない事はわかってるんだけど)
……寝顔は結構可愛いかも、なんて思う。
彫りの深いシャープな顔立ちも、いつもは厳しい顔しかしないのに、今は眼鏡も外しているせいか少し柔らかく見える。やっぱり顔は良いのよね……顔は、だけど。
いやいや。そうじゃなくて。
どーしてこんなことに……?
少しだけ冷静になった私は、軽く部屋を見渡した。
身体は社長に抱き締められているので、目線だけで様子を窺う。
どこかの……ホテルかしら?寝室っていうのは確かだけど。
見覚えの無いシックな内装に、少々値の張りそうな備え付け家具。マホガニーだろうか。赤茶に輝く木製のサイドボード越しに濃紺のビロードのカーテンが凄く素敵に見える。
しかし、七年という秘書経験の中で頭に入っているホテル情報と照らし合わせてみても、思い当たる場所は無かった。
何処。ここ……それに今って何時くらいかしら……。
社長の体で見えにくいけれど、窓から差し込む光を見ると大体お昼頃だろうか。
にしても。私どうしてこんなことになってるのかしら?
軽く記憶を辿ってみると、ここで目覚める一つ前の出来事を思い出した。
あ、そうだわ。
確か――退社日の帰り際に三嶋社長に呼び止められて、そして―――
思い出すと同時に、かぁっと頬に熱が上がる。
キス、されたような……って、されたし!
そ、うよ……急にこの人にキスされて、何か変なものを飲まされて……。
気が付いたら、この部屋にいた。
でもなんで……。
じぃっと、目の前の顔をもう一度見る。
相変わらずすやすや眠ってくれちゃって。こっちはわけわかんないっていうのに。
たぶん、飲まされたあの液体で私は意識を失って……そしてここに連れてこられたってことよね。
一歩間違えれば、っていうかほぼ犯罪よ。けれどあの三嶋システムを立ち上げたこの人が、そんな馬鹿な事をするだろうか。
でも、私がここにいるということは、あれは本当にあったことで……。
だけどどうして?正直な所私程度の女なんて、掃いて捨てるほどいるのに。
彼の周りには、地味な秘書なんかより華やかで魅力溢れる女性が勝手に吸い寄せられてくる。それは七年間で飽きる程見た光景だ。女なんか選び放題のはずなのに……。
私を無理矢理、連れてきたのはどうして。
ん―――・・・もうっ。考えても仕方ないわ。
ここがどこかわかんないけど、とにかく帰らなきゃ。
この状態もどうにかしたいし……。心臓に悪いもの。
私はそぉっと、彼の腕を外してベッドから抜け出そうとした。
が、しかし。
「どこに行く」
すかさず伸びてきた手に、ぐいっと腕を掴まれて引っ張られた。
「っきゃ!?」
どさっと、またベッドに引き込まれる。
へ?
お、起きてるし!
後ろからまた抱きすくめられる。
ちょっとちょっとちょっと!
じたばたもがこうとするけれど、彼は一向に私を離す気配は無い様で。
「……行くな」
頭上から聞こえた彼の声に、私は暴れるのを止めた。
聞き間違いだろうか。彼の声が、震えているように聞こえた。
「……社長……? ご自分が何をしているか、わかってらっしゃるんですか?」
彼に抱き締められたまま、私は恐る恐る口にした。
どうして。こんな事をするのか。どうして、私なのか。
「思ったより冷静だな」
少し自嘲気味に、彼が言った。
……冷静ですって?
そんなわけないじゃない。こっちは起きてからずっと頭パニック状態よ。むしろ一発殴ってやりたいくらいなのに。
でも。
仕事の鬼で有名な彼が、なぜこんな、犯罪まがいの事をするのか。
行くなと私に言ったけれど……まさか、という思いが頭をよぎる。
けれど、彼の元で働いたこの七年、そんな素振りも、そんな思いを抱く状況すらも、微塵も無かったと思う。少なくとも私はそう思っていた。
「何が目的ですか」
勤めて冷静に、彼に問う。
すると、彼は再び私を強く抱き締め(心臓に悪いからやめてほしいのだけど)まるで何かを決意したように、口を開いた。
「目的なんかないさ。言っただろう。君が俺の元を離れるなんて許さない、と」
口にしながら、再びぎゅうと抱く腕に力を込める。何か複雑なものが入り混じった彼の声に、私の心臓がどきりとした。
「無理矢理な事をして悪かった……しかし、悪いついでに君にはここで一週間、俺と共に過ごしてもらう」
続けて彼が発した台詞に、私の思考はまた、完全に停止した――――