不器用なプロポーズ

彼との契約 ~一日目 抱き枕~

カチャリ、とバスルームのドアが開いた音が部屋に響く。

私はベッドに潜り込み、まるで猫みたいに丸まって息を潜めていた。
気配ってどうやって消すのかしら。

まさかとは、まさかとは思うけど……。

やっぱり、この、同じベッドで寝たり、とか……?
いやいやいやいや、まさかね。なんか足音が近づいてくるような気がするけど、気のせいよね。

嫌な考えが確信へと変わったのは、私の反対側の布団がゆっくりと捲られ、そこに彼が入ってくるのがわかったからだった。

や、やっぱりぃぃぃっ!

三嶋社長がシャワーを浴びている間に、とっとと他の部屋のソファにでも寝に行けばよかったと、凄まじい後悔が襲う。

仕方ない、彼が寝入ったら、そっと抜け出て他の部屋で寝よう。そこらへんのソファでも使うしか無い。

契約の一週間ずっと、ベッドで寝られないのは辛いだろうけど……。
美容に悪そう……。

隣で横になった社長の身体が動く気配がする。それと同時に、上掛けの布団が衣擦れの音を立てた。私は変わらず、寝たふりを続けている。どうか気付かれませんように。

な、なんか背中に視線を感じる気がするんだけど……。

気のせい気のせい。そういう事にしておこう。

目を瞑りながら、内心すこぶる焦っているのだけど、それと気づかれないように私は微動だにせず息を殺した。

全然動かないのって怪しいかしら。
かといって寝返りなんてしたらそれこそ社長と密着しちゃうわよ。
って、あれ?

大きくごそりと背後で動く気配がしたと思ったら、上布団ごと私の身体が抱き締められた。

うぎゃっ!

「ちょっ! 社長っ!」

なぜに私を抱き枕代わりに使うのか。それとも湯たんぽか。
どちらにしろ許すわけにはいかない。慌ててベッドから飛び出た私は、非難を込めて彼を怒鳴った。

「……起きてるじゃないか」

「起きてるじゃないかじゃありませんっ! 何してるんですかっ! というか、なぜ一緒に寝ようとしてるんですかっ!」

「寝室はここだけだ」

「そーいう意味じゃなくてっ!」

あああおかしいこの人もうわかってるけど本当絶対おかしいっ!今までこの人に仕えてた七年返して誰か!

日本語かみ合わない人じゃなかったはずなんですけどっ!

ってやっぱり寝室ここだけかっ。

契約したのは秘書なんだから夜のお世話まで引き受けたつもりは無いってばっ!そういう事はそっちのプロに頼んでくれ頼むからっ。

こっちは知ってるんだから!貴方が寄ってくる女性を文字通りとっかえひっかえしてた事を!その犠牲者の一人になるのだけは、断固として拒否させていただきます!

「なら、私は別室のソファででも寝ます!」

「……待て。他の部屋で寝るなら、契約は無効。俺が良いと言うまで、帰さない」

「んなっ!?」

何よそれ!横暴すじゃなくて脅迫でしょうがっ。むしろ最初からこの契約自体わけわかんないのに!人の足元見てるんじゃないわよっ!

キッと睨み付けてやるけれど、社長の顔はいつか仕事の時に見た「やると言ったらやる」という表情で。

うわあすごい見覚えあるわよその顔。

本気だ……この人本気で一緒に寝なきゃ帰してくれない気だ……。
こっちの分が悪すぎる。

「わ、わかりましたよっ! 寝たらいいんでしょ! ここで! もし手出そうとしたら、いくら社長でも急所蹴り上げますからねっ!」

女性として口にすべきでないフレーズを出してしまったのはわかっているけど、こうでも言わなきゃ今の社長はナニするかわからないので、とりあえずの警告をしておく。

言った途端、一瞬ピキっと彼が固まったような気がしたけど、酷く真面目な顔(って普段からそんな変わらないけど)をして「わかった」と返事をしたのでとりあえず信用することにした。私の本気度が伝わって何よりだ。

仕方なくベッドに戻った私を彼は再び後ろから抱きしめてきたけれど、私がもう一度非難の声を上げる前に「おやすみ」と言って眠りについた。

抱き枕使用はどうしても貫き通すつもりか!
って、ものの二秒で寝るなっ!
私寝れないっ。絶対これ寝れないわっ。

そう思っていたのも束の間、やっぱり身体の疲れには勝てなかったのか、機械か何かみたいに規則的に呼吸する彼の体温を感じながら、私の意識はゆっくりと、眠りの中に落ちていったのだった。

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