不器用なプロポーズ

彼との契約 ~三日目 軽い口付け~

朝日に瞼が刺激され、瞳を開くと途端目に映った存在に自然と意識が引っ張られた。

「おはよう」

私の視界の半分を埋め尽くす、彼の顔。

笑みすら浮かべず、普段の無表情と変わらぬ顔で朝の挨拶をしてくれているのは、もちろん三嶋社長だった。

まだ開ききっていなかった瞼が、限界まで持ち上がる。

「――――っ!?」

ぎゃあああああっ!

一気に思考がクリアになって、慌ててがばっと起き上がる。朝の光を受ける室内に、ばさりとシーツの翻る音が響き渡った。

ぱくぱくと口を開け閉めしている私に、じっと視線を投げている三嶋社長は、頬杖をついた姿勢でこちらを向いている。

「なっ……何してるんですかっ!」

「何って、君の寝顔を眺めていたんだが」

そうじゃなくて!

淡々と返ってくる返答は、まるで会議中の質疑応答さながらで、慌てるこちらの事などおかまいなしだ。

わなわなと震える身体の奥で、心臓が発作を起こしたみたいに大きな音を立てている。

半身を起こしている私と、横たわったままこちらを見つめる彼との間に、光の筋が差し込んでいた。

目覚めのアップは心臓に悪いのよっ!そして眺めるな!人の寝顔を!

頭一杯の文句を思い浮かべたところで、彼の姿に気が付きぎょっとした。

「っだから!なんで脱いでるんですかっ!」

「だから、下は履いている」

だああああああっ。

先日と同じやり取りに、頭を抱えて蹲りたい衝動に駆られる。

認めたくはないけれど、三嶋社長は就寝時、裸族と化すようだ。

胸元までは羽根布団に覆われているけれど、そこから上には目にも眩しい引き締まった身体がある。

目覚めのアップ、そして目のやり場に困る晒された彼の肩。
慌てて目を背けても、記憶にインプットされた光景も二度目ともなればかき消すことは容易では無くて。

逸らした先に続けて映った彼の喉元に、余計に身体の熱が上がってしまい、なぜか悔しい気持ちになった。

昨日の告白から、まだ一夜明けたばかりだというのに、こんなものを見せられてはさすがにたまったものではない。

むしろなぜ、彼は平然としていられるのか甚だ疑問だ。

彼がシャワーを浴びて出てきた後、何をどうすればいいのか、どうしたいのか、わからなくて必死に寝た振りを決め込んだ。

不自然に頭まで布団を被って微動だにしない私に、彼は何を告げるでもなく無言でいつも通り隣に入ってきたのだけど。

もちろん眠れるはずも無く、悶々とした夜を過ごしてしまった。

明け方やっと襲ってきた眠りに誘われ仮眠が取れたけれど、目覚めた途端にこの状況。

……昨夜悩んだ自分がものすごく愚かに思えるわ。

昨夜の出来事で、彼が私に向ける態度の意味についての結論を出してしまった。

ただの戯れならばまだ、秘書の仮面をつけたまま、交わすことだって出来ただろう。だけど、目にしてしまった彼の感情や表情は、私にそうさせてはくれなくて。

好意を持たれている、と思ってしまえば、意識してしまうのは仕方なく。

―――私も、女だったのね。

七年も、忙しさにかまけてそういった云々をサボっていたツケが、よもやこんなところで回ってくるとは思わなかった。

昨夜この人に組み敷かれた時の感覚は、未だありありと、この肌に焼き付いて離れない。

駆け巡る熱さに耐え切れなくて、ベッドから抜け出そうと、布団を掴む。
……けれど。

「待ってくれ」

呼び止められて、この上まだ何かあるのかと振り向くと、ついと手を引かれてよろめいた。

彼の腕に抱きとめられるその前に、整った顔が近づいて、さっと唇の端を掠めていく。

「え……」

瞬間感じた体温に、思わず瞳を瞬いた。

今迄されたものとは違う、ほんの一瞬触れただけの軽い口付け。
見開く私の目に映ったものは、照れたように頬を染めた、三嶋社長の顔だった。

どくん、と脈打つ音が大きく聞こえた。

「先に、行っている」

仄かに赤い顔をそのままに、ふっと小さく笑った彼は、固まる私の髪を指先だけでするりと撫でて、静かに部屋を出て行った。

顔も、身体も指先までも。

全身の熱という熱が、上がった気がした。

< 9 / 25 >

この作品をシェア

pagetop