ダイニングに洋書を飾る理由 - 厳しすぎる室長が、やたら甘い
第四話 「室長案件」
午後一番。購買部の代表メールボックスに、新着メールが届いた。
《至急対応希望》
AIレコメンド機能の開発案件について、外部ベンダーでの対応が必要になりました。
社内リソースでは処理が追いつかず、特に機械学習部分の実装については社外対応が不可欠です。
年内にβ版をリリースする必要があり、短納期となる見込みです。
対応可能なベンダーを急ぎご紹介ください。
※要件概要は添付ファイルをご参照ください。
沙耶は内容を読み終え、添付された概要書にざっと目を通すと、眉をひそめた。
――AIでWEB小説の推薦機能? 年内ローンチ? タイトなんてもんじゃない……。
「ふん」
隣の席から、鼻で笑うような声がした。塩見だった。
「そんなん無理。こんなん受ける開発部門が悪い。無理ですって返せばいいじゃん。どうせ押しつけ案件でしょ、これ」
沙耶は、PC画面から目を離さずに答えた。
「違うわ。無理を承知で受けるなんて、よほどの事情があるってことよ。重要な案件に決まってる」
……たぶん、真鍋さんの案件よね。
“真鍋案件”――開発部門の中では、ひそかにそう呼ばれている。
実現の難しい要件と短納期がセットで、関係者をヒーヒー言わせる案件のことだ。
やると決めたら、一歩も引かない。けれど、結果は出す。
それが、アングルのメディアコンテンツ室長・真鍋彰人という人だった。
その一方で、沙耶の頭の片隅には、先日のカフェで見せた真鍋の柔らかな笑顔がちらりと浮かんでいた。
まるで別人のような印象。
あのときの優しい目と、この“鬼納期”を課す室長が――本当に同一人物なのだろうか。
「何とかするのが、私たち購買部の仕事でしょ」
沙耶は、自分に言い聞かせるように、静かにそう付け加えた。
塩見は「はいはい」と気のない返事をし、椅子をきしませながら背もたれに寄りかかった。
◇◇
沙耶は、既存のベンダーリストを開き、これまでのやり取りや実績の記録をめくっていく。
このスケジュールでAI案件――難易度は高い。でも、不可能じゃない。
電話を取り、心当たりのベンダーに連絡を始めた。
断られるたびに、メモ帳にひとつ、またひとつと×印が増えていく。
だが、四社目でようやく、前向きな返事が得られた。
「……スケジュールは詰まってますが、内容によっては検討可能です。
ただ、仕様書の提示時期によりますね。最悪でも、来週月曜中には一度目を通しておきたいです」
「承知しました。必ず確認して、折り返します」
◇◇
通話を終えた沙耶はすぐに開発部門へ向かった。
打ち合わせ中だった担当PM(プロジェクトマネージャー)の原田を呼び出し、要件を切り出す。
「この件、何とか対応してくれそうな会社が見つかりました。
でも、来週月曜までに仕様書の初稿が出ないと断られる可能性が高いです」
「ええ……まだ要件がまとまってなくて……それは、ちょっと……」
原田の声は弱々しい。だが、沙耶は一歩も引かずに言った。
「短納期だからこそ、早めに仕様を出すことが必要です。
仕様が出ないまま“納期”だけが先行するのは、やっぱり無理があります。
多少ラフでもいいので、月曜中にお願いします。こちらも最大限調整しますから」
原田はしばし黙った後、うなずいた。
「……分かりました。上と相談して、動きます」
「ありがとうございます」
沙耶は、小さく息を吐いた。
購買部の仕事は、交渉と調整の連続だ。
誰にも見えないところで、少しずつ現実を形にしていく。
――言い訳をせず、できる方法を探す。それが、彼女のやり方だった。
《至急対応希望》
AIレコメンド機能の開発案件について、外部ベンダーでの対応が必要になりました。
社内リソースでは処理が追いつかず、特に機械学習部分の実装については社外対応が不可欠です。
年内にβ版をリリースする必要があり、短納期となる見込みです。
対応可能なベンダーを急ぎご紹介ください。
※要件概要は添付ファイルをご参照ください。
沙耶は内容を読み終え、添付された概要書にざっと目を通すと、眉をひそめた。
――AIでWEB小説の推薦機能? 年内ローンチ? タイトなんてもんじゃない……。
「ふん」
隣の席から、鼻で笑うような声がした。塩見だった。
「そんなん無理。こんなん受ける開発部門が悪い。無理ですって返せばいいじゃん。どうせ押しつけ案件でしょ、これ」
沙耶は、PC画面から目を離さずに答えた。
「違うわ。無理を承知で受けるなんて、よほどの事情があるってことよ。重要な案件に決まってる」
……たぶん、真鍋さんの案件よね。
“真鍋案件”――開発部門の中では、ひそかにそう呼ばれている。
実現の難しい要件と短納期がセットで、関係者をヒーヒー言わせる案件のことだ。
やると決めたら、一歩も引かない。けれど、結果は出す。
それが、アングルのメディアコンテンツ室長・真鍋彰人という人だった。
その一方で、沙耶の頭の片隅には、先日のカフェで見せた真鍋の柔らかな笑顔がちらりと浮かんでいた。
まるで別人のような印象。
あのときの優しい目と、この“鬼納期”を課す室長が――本当に同一人物なのだろうか。
「何とかするのが、私たち購買部の仕事でしょ」
沙耶は、自分に言い聞かせるように、静かにそう付け加えた。
塩見は「はいはい」と気のない返事をし、椅子をきしませながら背もたれに寄りかかった。
◇◇
沙耶は、既存のベンダーリストを開き、これまでのやり取りや実績の記録をめくっていく。
このスケジュールでAI案件――難易度は高い。でも、不可能じゃない。
電話を取り、心当たりのベンダーに連絡を始めた。
断られるたびに、メモ帳にひとつ、またひとつと×印が増えていく。
だが、四社目でようやく、前向きな返事が得られた。
「……スケジュールは詰まってますが、内容によっては検討可能です。
ただ、仕様書の提示時期によりますね。最悪でも、来週月曜中には一度目を通しておきたいです」
「承知しました。必ず確認して、折り返します」
◇◇
通話を終えた沙耶はすぐに開発部門へ向かった。
打ち合わせ中だった担当PM(プロジェクトマネージャー)の原田を呼び出し、要件を切り出す。
「この件、何とか対応してくれそうな会社が見つかりました。
でも、来週月曜までに仕様書の初稿が出ないと断られる可能性が高いです」
「ええ……まだ要件がまとまってなくて……それは、ちょっと……」
原田の声は弱々しい。だが、沙耶は一歩も引かずに言った。
「短納期だからこそ、早めに仕様を出すことが必要です。
仕様が出ないまま“納期”だけが先行するのは、やっぱり無理があります。
多少ラフでもいいので、月曜中にお願いします。こちらも最大限調整しますから」
原田はしばし黙った後、うなずいた。
「……分かりました。上と相談して、動きます」
「ありがとうございます」
沙耶は、小さく息を吐いた。
購買部の仕事は、交渉と調整の連続だ。
誰にも見えないところで、少しずつ現実を形にしていく。
――言い訳をせず、できる方法を探す。それが、彼女のやり方だった。