ダイニングに洋書を飾る理由 - 厳しすぎる室長が、やたら甘い

第五話 「本当のデート」

 神楽坂の裏通り。少し早めの秋の風が、街灯に照らされた路地を通り抜ける。

 待ち合わせの場所に現れた真鍋は、白いシャツの袖をラフにまくり上げ、ジャケットは薄手のネイビー。
 眼鏡の奥の表情はやわらかく、目が合うと、すっと微笑んだ。

「……今回は、本当に“デート”のつもりで誘ったから」

 その言葉に、沙耶の胸の奥がわずかに波打つ。

   ◇◇ 

 レストランは、隠れ家のような静かなフレンチ。
 淡い照明と、テーブルに灯されたキャンドルの光が、日常から少し距離を置いた時間を演出していた。

「結局、あのとき言ってた、ダイニングキッチンに飾る洋書は見つかった?」
 前菜を終えたタイミングで、真鍋がふと思い出したように聞いた。

 沙耶は、少し首を振る。

「ううん。まだ。……あの後、洋書店に行ってないの」
「意外だな。てっきり、何冊か買い込んでると思ってた」
「行こうとは思ったんだけど、なんだか……あのときの雰囲気が、ちょっと特別だったから」

 真鍋は驚いたように目を瞬かせ、それから笑った。

「……それは、嬉しいかも」

 料理が運ばれ、グラスの水に小さな気泡が揺れる。
 沈黙が訪れるたびに、どこか落ち着く。無理に話さなくても、間が気にならない。

 沙耶はふと、尋ねた。

「いつも、こんな風にレストランでご飯、食べたりするんですか?」

「仕事のときは会食もあるけど……こういうのは、久しぶり。緊張する」

「え、緊張……するんですか?」

「するよ。特に今日は」

 真鍋の指先が、グラスに触れたまま微かに揺れた。
 沙耶の手がその近くに置かれていたため、ふと指が重なる。

「あ、ごめん……」

 そう言いながらも、彼の手はすぐには離れなかった。

「手、冷たいね」
「え……」

「緊張してる?」

 沙耶は、小さく笑ってうなずいた。

「……はい、ちょっとだけ。デートなんて、久しぶりだから」
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