ダイニングに洋書を飾る理由 - 厳しすぎる室長が、やたら甘い

第八話 「牽制と嫉妬」

 大手出版社「アングル」の本社ビル、大会議室。
 窓の外には、夕暮れの東京の街並みが広がっていた。

 メディアコンテンツ室が主導したAIレコメンド機能の新サービスリリースを祝う、小さな打ち上げが開かれていた。
 形式上は「プロジェクト関係者全体への感謝」だが、真鍋案件で打ち上げがあるなど、滅多にないことだった。

 沙耶は、アンビテックの開発チームに交じって参加していた。
 本来、購買部の人間が出席するような場ではない。けれど、ベンダー選定から契約調整まで奔走したことが、評価され開発部の推薦での参加ということになった。

 立食形式の軽いパーティー。
 華やかすぎない、けれどどこか背筋の伸びる空気の中、沙耶は会場の隅で紅茶を片手に、ひと呼吸ついていた。

「……お疲れさまでした。来てくださって嬉しいです」
 聞き慣れた声に振り向くと、そこには真鍋が立っていた。

 ――え。

 一瞬、胸が跳ねる。

 ネイビーのシャツにノーネクタイ、軽くジャケットを羽織っただけのラフな装い。
 けれど、そこには紛れもなく“アングルの室長”としての存在感があった。

「今日は、いち関係者としての場だから。真鍋さん、でいいよ」
 笑いながらそう言う彼は、いつもの柔らかさを滲ませていた。

「……お招きいただき、ありがとうございます。高梨沙耶です。アンビテックの購買部で」
 沙耶は、一応の建前として名乗った。

「知ってるよ。ずいぶん動いてくれてたって聞いた。ありがとう」

 その言葉に、思わず視線が合う。

 公の場だ。なのに、その目はどこか私的で――沙耶は、胸の奥に小さなざわめきを感じた。

「……あら」
 突然、横から声が割り込んだ。

 白のブラウスにタイトスカート。スタイルのいい女性が、真鍋の隣にすっと立つ。
 開発部門の技術リード、樋口晴美。プロジェクトの中心人物の一人だ。

「真鍋さんと、随分親しそうね。……どういう知り合いなの?」

 声は笑っていた。けれど、沙耶の背筋に冷たいものが走った。

「え……」
 一瞬だけ、返事に迷う。

 ごまかすべきか、正直に言うべきか。
 ほんの一瞬の間に、思考がぐるぐると巡る。

「今日、ちゃんとお会いしたのは初めてです。でも、以前……別の場所で偶然、お会いして」

 あえて曖昧に答えると、樋口の目が細くなった。

「へえ。偶然で、そんなに仲良くなれるものなの?」

「……そこまで詮索されるようなことでもないかと」

 沙耶は、声のトーンを変えずに返した。

 ――樋口の視線の奥に、確かにある。
 これは、興味ではない。牽制と、嫉妬だ。

 その空気を感じ取ったのか、真鍋が少し笑って言った。

「ごめんね、沙耶さんを困らせちゃったかな」
 わざと名前を出して呼んだその声に、沙耶ははっとした。

 周囲の喧騒が、少し遠くに聞こえた。
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