ページのすみで揺れていたもの
それは、ごく普通の日勤の終わりだった。

終業時間の少し前から、なんとなく頭が重く、
階段を降りる足取りも、いつもよりゆっくりだった。

「今日は早めに帰って、ゆっくり寝よう」

そんなふうに思いながら、更衣室で私服に着替えた。
荷物を抱えて病院を出た頃には、空はすっかり夕暮れ。
交差点の信号がちょうど青に変わったのを見て、一歩を踏み出した。

その瞬間――

視界がにじんだ。

(……あれ、なんか……)

ふらついた足元。
クラクションの音。
誰かの叫び声。
そして、身体に伝わる衝撃と、アスファルトの冷たさ。

あっという間に、世界が真っ白になった。



「20代女性、車と接触。JCS100。体温34.7℃と低体温のため加温中。血圧82/45、酸素5LでSpO2 94%
です。脈拍52回。外傷部多数。搬送中です。」

救急外来。
待機中だった藤澤は、インカムを耳に押さえながら、ストレッチャーの準備に向かっていた。

どんな重症でも、動じることはない。
――はずだった。

ストレッチャーが押し込まれ、患者の顔が見えた瞬間、彼の足が一瞬止まった。

藤澤「……須藤?」

制服姿ではないが、見慣れた顔。
いつもはナースステーションで的確に動き回っているその彼女が、
今はぐったりとストレッチャーに横たわっている。

藤澤「嘘だろ……」

思わず小さくつぶやいた。
けれど、すぐに顔を引き締め、声を張った。

藤澤「外傷部チェック、ルート取れてるか?採血セット準備、すぐCT通せ!」

普段通りの冷静な指示。
けれど、胸の奥がざわついていることを、自分でも自覚していた。

“顔見知り”が搬送されてくる。
それがこんなにも呼吸を乱すとは思わなかった。

けれど、今はただ――
医師として、目の前の彼女を助ける。それだけだ。
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