ページのすみで揺れていたもの
次の日インターホンが鳴ったのは、昼すぎだった。

モニターを覗くと、映ったのは――藤澤先生。

(……来た)

少し胸が高鳴った。
でも、昨日からのモヤモヤと、勝手に感じてしまった“自分だけじゃない”という思いが
私の口から、咄嗟の言葉を出させた。

「……体調が悪いので、今日は出られません。
 ……風邪、移しちゃうかもしれないので」

言ってから、自分の言葉にハッとした。

(なに……言ってるの、私)

この人は医師で、
私の体調を心配して来てくれた。
それなのに、私は――嘘をついた。

“会いたいのに、会えないふり”をした。

玄関越しに、沈黙が落ちる。

その静けさのあと、低くて少しだけ疲れた声が返ってきた。

藤澤「……体調悪いなら、尚更顔見せろ」

「……大丈夫です、本当に」

私は、それでも頑なにドアを開けなかった。

その瞬間、聞こえたのは――
いつもより少し弱く、でも確かに響いた声だった。

藤澤「……あの時、“助けて”って頼ってくれたの、
 俺、本当に嬉しかったんだ」

「……」

藤澤「せっかく少しは信頼してもらえたって思ってたのに……
 俺、浮かれてたんだな」

胸が痛んだ。

その言葉が、まるで自分の心の奥を見透かされたようで、
でも本当の理由を説明するには、勇気が足りなかった。

藤澤の声は、少しずつ遠ざかるように静かになっていく。

藤澤「……俺が嫌でも、体調悪いなら赤井でも誰でもいいから診てもらえ。
 無理すんなよ」

「……」

藤澤「今日はもう帰る。押しかけて悪かったな」

足音がゆっくりと遠ざかる。

呼び止めようと、喉まで出かけた言葉が、
どうしても声にならなかった。

“どうして嘘をついたの?”と聞かれたら――
私は、答えられなかったから。
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