ページのすみで揺れていたもの
藤澤 海 side ――

「……今日はもう帰る。押しかけて悪かったな」

そう言って、足をひとつ引いた。

インターホン越しの声は、
あまりにも“よそよそしい”ものだった。

数日前、息も絶え絶えで電話をかけてきた声と、同じ人間のものとは思えなかった。

(……何があった)

咄嗟に“風邪で出られない”なんて嘘をついたことくらい、すぐにわかった。

声のトーン、言葉の間。
全部が、不自然な“距離のとり方”をしていた。

――もしかして俺、踏み込みすぎたか?

それも思った。

そもそも、最初から“医者と看護師”か“医者と患者”の関係だったはずだ。

たまたま過去が重なって、
たまたま助ける場面があって、
そこから少しずつ“それ以上”に踏み込もうとしたのは――俺の方だった。


ほんの少しでも、特別に思われてる気がして。
頼ってもらえたことが嬉しくて。
それが“俺だから”だと、錯覚してたのかもしれない。

ドアの向こうの彼女は、
まだ何かに怯えていて、
まだ誰にも言えない何かを抱えていて――
俺は、それを強引にこじ開けようとしていたんじゃないか。

(……でも)

それでも――
無理にでも顔を見て、
「大丈夫です」なんて、そんな嘘くらいすぐ見破って、
「調子が悪いなら、俺に言え」って、言いたかった。

でも言えなかった。

彼女がドアを開けないその選択を、
“拒絶”と捉えたくなくて、
“それ以上踏み込んで傷つけること”を恐れて、
引き下がった。

(……俺はやっぱり、誰かを救いきる力なんて、ないのかもしれない)

コンビニの自動ドアが開く音が、耳に届いた。

なんとなく、めみに残したスポーツドリンクとゼリーの話を思い出した。

(せめて、あれがまだ冷たいうちに飲んでくれてたらいいけど)

心の中でそんなことを思った自分に、
少しだけ情けなくなった。
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