ページのすみで揺れていたもの
熱は微熱のまま。
だるさも、起き上がれないほどじゃない。

朝起きて、顔を洗って、簡単な朝ごはんを食べて、
なんとなくテレビをつける――そんな日常は、一応こなせていた。

でも、洗濯物を干すたびに感じる息切れ。
階段を上がると、胸が少しだけ重くなる。

時々出る鼻血は、いつもより少し止まりにくくなっていた。

(でも、生活はできてる)

病院へ行く理由なんて、どこにもないと思っていた。

本当は――行くのが、怖かった。

“ただの風邪”じゃないと分かった瞬間、
自分の人生が大きく動いてしまう気がして。

それ以上に、
藤澤先生の顔を見るのが、怖かった。

それでも、スマホの通知だけは、時々画面を明るくしていた。

【from:藤澤 海】
「体調、大丈夫か?」
「赤井のとこにも来てないって聞いたけど……他にどこかかかった?」

文章は短く、簡潔で。
でも、その行間ににじむ“心配”と“踏み込まなさ”が、胸に刺さる。

(優しいのに……今はそれが、つらい)

返事をしようとして、何度も打ちかけては消した。

「まだ行かなくて大丈夫です」
「風邪だと思います」
「ありがとうございます」――

どれも、全部嘘になる気がして、送れなかった。

頼れる人がいる。
心配してくれてる人がいる。

――でも、その手に触れられない。

心が、体以上に弱っていく音が、静かに響いていた。
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