『天空の美容室』 ~あなたと出会って人生が変わった~

(4)


「残念ですが」

 1週間後にかかってきた電話の声は明るいものではなかった。
 個人向けとしてではなく、美容室事業や女性向け事業という観点から検討したが、投資という判断には至らなかったという。

「例えば、東京で人気ナンバーワンの美容室が全国展開するというなら十分可能性があるのですが、有名でもなく、実績もない美容師となると、会社の投資基準を満たせないのです」

 申し訳なさそうな声だったが、それは十分理解できた。
 無理を承知で頼んでいるのだ。

「ありがとう。検討してもらっただけでもありがたいと思ってる。でも、彼女の夢はなんとしても実現させたいので、これからも相談に乗ってもらえないかな。よろしく頼みます」

 それで電話を終えるつもりだった。
 未練たらしくグチグチ言ったところで、どうにもならないからだ。
 しかし、神山は通話をOFFにはしなかった。
 役に立つかもしれない情報があるというのだ。
 それは、美容室の開業や改装、経営指導などを行う専門業者からの情報だった。

「『面貸(めんか)し』という制度があるそうなのです。それをやってみてはいかがでしょうか」

 彼の説明によると、人手が足りない等で空席ができているサロンが、空いているスペースと鏡やシャンプー台などの設備をフリーランスの美容師に有償で提供することを言うらしい。

「新規で開業するとなると多額の資金が必要となりますが、これを利用すると家賃をぐっと抑えられますし、色々なことを試せるらしいのです」

 1日に集客できる人数や、施術にかかる時間、お金の管理のやり方など、開業時に直面する問題を事前に試すことができるのだという。

「但し、給料が保証されるわけではありませんので、集客がうまくいかなければ収入は厳しくなります」

 それでも、初期投資が要らない分だけリスクは小さいという。

「小さく生んで大きく育てる、という言葉もありますからね」

 その通りだと思った。
 事業はギャンブルではない。
 一か八かでやるわけにはいかない。
 堅実に段階を踏んでステップアップしなければならないのだ。

「ありがとう。ぐっと現実味が増してきたよ。早速、彼女に伝えます」

        *

 翌日の夜、夢丘に伝えると、大喜びするかと思ったが、力ない声が口から漏れた。

「知らなかった……」

 驚くというよりも、自分にがっかりしているようだった。
 業界のことは知っているつもりだったのに、面貸しという制度は聞いたこともなかったという。

「それは仕方ないよ。君が勤める美容室は予約が難しいほどの人気店なんだから、そんな情報が入ってくるわけないよ」

「それでも……」

 開業に向けて必死になって情報を収集してきたのに、こんなことも知らない自分にガッカリしているようだった。

「でも、早く知ることができて良かったと思うよ。とにかく、一筋の光が見えたんだから、すぐに当たってみようよ」

 神山が教えてくれた業者との面談を進めることを強く促した。

「そうですね。せっかくのチャンスなのだから、動かないといけないですね」

 気持ちを切り替えたのか、やっと笑みが漏れた。

「うん。じゃあ進めるね」

 面談日が決まったら連絡することを伝えて、喫茶店をあとにした。

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