『天空の美容室』 ~あなたと出会って人生が変わった~

(2)


 青天とはこういう空のことを言うのだ、というくらい見事に晴れ渡った日だった。
 神山御殿ビル未来館がオープンし、同時に天空のライヴレストラン極上が開店した。
 そのお披露目式を取材するために報道各社のカメラマンとレポーターが六本木に集まっていた。
 そんな賑やかで晴れやかな場にわたしも呼ばれていた。
 横には夢丘と西園寺、そして、宮国がいた。
 壇上では神山が司会を務めていた。

 神山の父、神山不動産の社長が来賓に挨拶をして壇上から降りたのを合図にするように、メインイベントが始まった。
 世界トップレベルの女性シンガー3人が集まったスーパーグループ『プリティ・ビューティ』がステージに登場したのだ。
 大歓声が彼女たちを迎えた。

「コングラチュレーション!」

 リーダー格の女性シンガーがシャンパングラスを掲げた。
 呼応するように客席の紳士淑女もグラスを掲げて「コングラチュレーション!」と返した。

 乾杯が終わると、大きな拍手が巻き起った。
 会場の誰もが興奮を隠せないようだった。
 それもそのはずだ。
 日本一の高さを誇る超高層ビルの最上階にいるというだけでも特別なことなのに、今日は晴れ渡って富士山の雄姿が見えていた。
 そして、目の前には日本初来日のスーパーグループがいるのだ。興奮しないわけがなかった。

「GOKUJOUタイム、スタート!」

 3人の女性シンガーが一斉に叫んで、世界最高レベルのパフォーマンスが始まった。
 次々に披露される大ヒット曲に歓声が上がり、ノリの良いリズムに誰もが体を揺らせた。
 それぞれのテーブルでは1本数万円もするシャンパンやワインが惜しげもなく次々に開けられ、招待された各方面のトップ・エグゼクティヴ夫妻の体と心を酔わせていった。

 その様子を会場の一番後ろで見守っていた男がいた。
 神山だ。
 感慨深げな目には涙が光っていた。
 興奮と感動と感謝から来るものに違いなかった。

「おめでとう」

 わたしと夢丘、西園寺と宮国が次々に神山の手を握り、肩を抱きしめた。

        *

 メインイベントの終了後、わたしは夢丘と宮国を近くのホテルのバーラウンジに誘った。
 それは、盛り上がった会の余韻を楽しむためでもあったが、それだけではなかった。
 宮国の様子がおかしかったからだ。
 彼はお披露目式では明るく振舞っていたが、時折ふっと寂しそうな表情を浮かべていた。
 希望通り研究開発推進本部に異動できて張り切ってプロジェクトに取り組んでいるはずなのに、様子がおかしかった。
 何があったのだろうかと心配になって、誘ったのだ。

        *

「俺の居場所がなくなった……」

 3杯目のカクテルを飲みながら、彼が重い口を開いた。
 彼の会社の経営陣は『バイオベンチャーを買収し、がん治療薬を将来の柱とする』という決定を下し、その他の分野の研究開発を中止したのだという。
 投資資金を〈がん治療薬〉に集中させるためだった。
 更に、現在の主力分野〈生活習慣病薬〉の売却を検討しているという。
 それだけでなく、宮国が推していた皮膚科領域や眼科領域への展開にもストップがかかったのだそうだ。
 その中には発売直前の皮膚病薬や市販予定のヘアケア製品も含まれているという。

「居場所はもうないんだ」

 3杯目のカクテルをグッと飲み干し、4杯目を頼んだ。

 こんなに落ち込んだ彼を見たことがなかった。
 いつも前向きで、病気に苦しんでいる人たちに新薬を届けようと懸命に頑張っていたのに、そんな雰囲気は微塵も感じられなかった。

「もうどうでもよくなった」

 そして4杯目を飲み干した。

「そんな飲み方をしたら」

「いいんだ、飲ませてくれ」

 耳を貸さず、5杯目を注文した。

「いや、良くない」

 これ以上飲ませるわけにはいかなかった。

「いいんだ。酔いつぶれて、すべてを終わらせる」

 会社を辞めるつもりのように聞こえた。

「もうどうでもいい」

 5杯目を飲み干すと、「もう1杯」とバーテンダーに手を上げた。

「いや、ダメだ」

 カウンターに向かって手で制して、宮国に目を合わせた。

「勝手にさせてくれ!」

 宮国は私を睨みつけて、いきなり立ちあがった。
 そして、振り返ることもなく店から出ていった。
 私にできることは、ただ呆然と見送るだけだった。

< 29 / 51 >

この作品をシェア

pagetop