隣の部署の佐藤さんには秘密がある

10.モデルの依頼

 土曜日、晃太は磯山に連れられて数年ぶりに実家へ戻った。高校卒業と同時に家を出て以来、はじめての帰省だ。実家の大広間へ足を踏み入れると、母が駆け寄ってきた。

「晃太!体は大丈夫なの?ちゃんと生活できてる?」
「大丈夫だよ。」
「たまには帰って来なさいね。」
「うん……」

 母と話していると、父と兄の龍司がやってきた。無駄に人を威圧するような雰囲気は今でも苦手だ。父は晃太をギロリと見て冷たく言い放った。

「お前に仕事だ。」

 急にそんなこと言われてもできない。断ろうとして口を開きかけた時、龍司が割って入ってきた。

「晃太、俺からも頼む。これだけはどうしても無理なんだ。」
「龍司は無理。ブランドが潰れるわよ。」
「姉さんの言う通りだ。」

 龍司は晃太の前で手を合わせている。龍司にできない仕事があるなんて信じられない。

「どんな仕事なの?」
「クロードのモデル。男性のモデルがいないのよ。」

 姉のあかねはクロードというアパレルブランドのパンフレットを晃太に差し出した。男性のモデルなら余計に龍司が適任だ。秀才なだけでなく長身でスタイルが良く、顔も整っている。その上大企業の社長で、ネームバリューがある。

「なんで兄さんじゃだめなの?」
「龍司にできるわけないでしょ?あんなポン……」
「姉さん、晃太は俺の私服を知らないんだ。」
「なるほどね。晃太、見て。龍司の衝撃的な写真。」

 あかねはスマホを開いて晃太に見せた。

「え?これ誰?」
「龍司よ。」

 スマホの中にいる男性は、小学校の低学年の頃に着ていたような、外で元気よく遊ぶための服を着た大人だ。とても龍司には見えない。

「スーツだとなんとかなるんだがな。」
「クロードにスーツはないわ。晃太、私からもお願い。水伊勢だけでなく、クロードの今後がかかってるの。」

 龍司ができないことはわかったが、自分である必要はない。モデル経験のない素人がやるよりも、姉に対抗できるネームバリューを持ったプロのモデルに頼んだ方が良い。

 すると、サンチェス=ドマーニの蛍光イエローのスーツを纏った祖父が前に出てきた。祖父も晃太と同じサンチェス=ドマーニの愛好家。奇抜なスーツを着こなし、仕事の一環でよくレセプションに参加している。

「晃太、モデルとして認められたら、サンチェス=ドマーニのショーに呼ばれるかもしれないよ?」

 クロードのモデルをきっかけに、サンチェス=ドマーニのファッションショーに出られるようになる──そんなことになったら嬉しいけれど、モデルの世界が甘くないことくらい知っている。

「ショーに出れば、真っ先に新作を着ることができるよ。」

 サンチェス=ドマーニのモデルになれば新作をいち早く着られるかもしれないからって、何の経験もない素人の自分がモデルなんて──

「わかった。やってみる。」
「ありがとう、晃太。助かったよ。詳細が決まったら、連絡する。あかねも頼んだよ。」
「りょーかい。」

 龍司はむすっとした顔の父を強引に大広間から連れ出して去って行った。
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