隣の部署の佐藤さんには秘密がある
 ここ数日の間ずっと考えていた。何度もシミュレーションして、絶対に言い切れると思ったのに、話を切り出しただけで、声が震えてしまった。これでは心の中が丸見えだ。

(私だって別れたくない……)

 健斗さんに引き留められたけど、BARで待つことはできなかった。私は逃げるように店を出て駅へ向かった。涙を拭いながら改札を通り階段を登ると、後ろから腕を掴まれた。

「まだ話が終わってない。」

 佐藤さんは急いで走ってきたのだろう。前髪が乱れている。

「これ以上話すことはありません。」
「俺は絶対に別れない。俺の彼女はさきだけだ。」

 ホームに電車が入ってきても、佐藤さんは手を放してくれない。

「放してください。」
「嫌だ。本当の気持ちを聞くまで放さない。」

 このままではずっと帰れないかもしれない。

「話したら諦めてくれるんですね。」
「それはわからないけど、さきの気持ちは知りたい。」
「……わかりました。」

 次の電車がホームに入ってきた。私は佐藤さんに腕を掴まれたまま電車に乗り込んだ。

「話してくれないならついてくよ。」
「いいですよ。他に話せるような場所がないので。」
「行っていいってこと?やった。」

 佐藤さんは小さく喜んだ。駅にも電車の中にもKOTAの写真が貼ってある。あの爆イケモデルが、こんなところで痴話喧嘩をしているとは誰も思わないだろう。佐藤さんはいつの間にか私の手を握っていたけれど、構わずにアパートへ向かった。

「何もしないでくださいね。別れたんですから。」
「別れてないけど何もしないよ。」

 私は玄関を開けた。

「わぁ、すっごく良い部屋だね!サンチェス=ドマーニにぴったりだ。」

 私は顔が緩みそうになった。佐藤さんに褒められるのは嬉しい。だけど、佐藤さんと向かい合わせに座っただけで涙が出そうになった。

「磯山さんに別れろって言われたんだよね?」
「……」

「さっき電話で聞いたから隠さなくていいよ。なんて言われたの?」
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