餌に恋した蜘蛛の話



 とある鬱蒼とした森の奥の奥。

 そこには、大きくて不気味な色の蜘蛛が糸を張って巣くっていた。その蜘蛛は毎日、糸にくっついた虫や小鳥などを食べて生活していた。

 そんなある日のこと。蜘蛛が巣のまん中でうとうととしていると、糸になにか引っ掛かったのか、大きな蜘蛛の糸がぐらぐらと揺れた。

「おっ、餌がかかったか?丁度腹が減ってたからよかったわい」

 そう言いながら蜘蛛は、何かがじたばたと暴れている巣の端に向かった。そこには……

「おお、これは……」

 蜘蛛は糸に絡まった餌を見て、息を飲んだ。

 大きくてくりっとした、艶やかな漆黒色の瞳。見た目は純白一色なのに、ぱたぱたとはためかせる度にうっすら七色に煌めく、美しい羽。見たことないほどの美しい蝶が、蜘蛛の巣に絡まっていたのだ。

「イヤっ!助けて!食べられたくないっ!」

 蝶は体を捩らせ、絡まる糸をほどこうとしていた。蜘蛛はその様子をぽーっと見つめていた。

「ねえ……私、食べられちゃうの?嫌だよ……?逃がして下さい……お願いします」

 蝶は疲れたのか暴れるのをやめると、今度は涙目で蜘蛛に懇願した。漆黒色の瞳が涙でさらに艶やかに煌めき、美しい。蜘蛛は蝶の瞳を見つめながら、ドキッとした。
 すると。

「……ダメだ、逃がさん。そうだな……お前にわざとメシをくれて太らせてから食ってやろう」
「ヤダ!お願いします!見逃してください!」
「ダメなものはダメだ!」
「そんな……」

 蜘蛛がそう言うと、蝶は体から力が抜けたようにくたっとさせ、大人しくなった。




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