餌に恋した蜘蛛の話



 暫くすると、蜘蛛の糸に獲物が絡まった。トンボだ。

「ほら、メシだ。食え」

 蜘蛛は捕らえたトンボを糸でぐるぐる巻きにし、それを蝶に与えようとした。

「……なにこれ?」
「見てわからんか?トンボだ。今さっきこの巣に引っ掛かったんだ」
「……あなた最低ね。生き物を殺して食べるなんて」
「はあ?じゃあ普段お前は何食ってるんだ?」
「……花の蜜とか樹液とかよ」
「何だそりゃ?そんなもん腹の足しになるか!ほら、これ食え!」

 そう言いながら蜘蛛は、糸でぐるぐる巻きにしたトンボを蝶の口に押し付けた。

「イヤ!やめてっ!……っ、あんたなんて大っ嫌い!!」

 と、蝶が大声で言うと、蜘蛛は蝶にトンボを押し付けるのをやめた。

「……悪かったよ。わかった、他のメシを用意する」
「ご飯なんていらない!そんなことよりこのトンボさんを逃がしてあげて。このままじゃ死んじゃう!」

 蜘蛛はぐるぐる巻きにしたトンボに目をやりながら、ぐう~っと腹を鳴らした。蜘蛛はとても腹が減っていたのだ。だが、蝶に言われて蜘蛛は。

「……わかった。逃がしてやるよ」

 そう言うと蜘蛛は、ぐるぐるに巻いていた糸をほどき、トンボを逃がした。

「ああ……貴重なメシが……」
「トンボさんを逃がしたのなら、私のことも逃がしてよ!」
「お前はダメだ!逃がさん!」
「どうしてよ!?」
「それは……」

 蜘蛛は蝶のことを見つめた。蝶の涙で濡れた漆黒色の瞳が綺麗で、蜘蛛はドキドキしていた。
 
 ……餌なのに。蜘蛛はその蝶のことを食べようとは思わなかった。むしろ、ずっと傍にいてほしいと思っていた。
 だか、蜘蛛にはこの気持ちが何なのかよくわからなかった。とにかく蝶の傍にいると、蜘蛛は胸のドキドキが鳴り止まなかった。




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