餌に恋した蜘蛛の話
遠い、意識の中。
あったかいものが、唇に触れる。
あまいものが、唇から体内に流れ込んでくる。
なんどもなんども、そのあまくてあったかいものは、蜘蛛の唇から体内に流れ込んできた。
────……なんか……気持ちいい。なんだっけ?死んだら『虫の楽園』とかってところに行けるって、昔誰かが言ってたっけ?もしかして、そこに来たのか?
そう思いながら、蜘蛛は瞼を開いた。そこには──
「──……え?なんで……」
美しい漆黒色の瞳が蜘蛛を覗き込む。あの美しい蝶だ。蝶は花の蜜や樹液を口に含み、蜘蛛の口になんどもなんども流し込んでいた。
「どうして……?やはりここは楽園か?幸せな幻を見ているのか……?」
「……幻じゃないわ、本物の私よ。何でだろうね、あなたに食べられそうになったのに。あんなに、怖くて憎かったのに……あなたが死ぬかもしれないと思うと、ひどく胸が苦しくて悲しいの。私もどうやら……あなたに恋……しちゃったみたいね。だから……死なないで」
蝶は泣きながらそう言い、蜘蛛のことを見つめた。
蜘蛛は蝶のその言葉が嬉しくて嬉しくて……八つの目から涙を溢した。
「……わかった、死なないよ。ありがとう、ありがとう……」
蜘蛛は蝶の頬に触れながら、蝶の唇にやさしくキスした。
その後蜘蛛は一命を取り留め、蜘蛛と蝶は森の奥で幸せに暮らしたとさ。


