鉄の女社長は離婚したいのに人たらし御曹司に溺愛される
「書類上だけだよ。結婚式もまだあげていない。急いで寝室を同じにする必要はない」

体裁を気にする父に結婚式と披露宴をするように言われているが、今はお互いの仕事が忙しいからという理由で具体的な話はしていない。

昴にも、結婚式はそのうちということで了承してもらっている。

その前に妊娠すれば離婚できるので、なるべく先延ばしにしようと考えていた。

「わかったわ。今日のところは別々に寝ましょう。でもいつまで待てばいいのか、わからないと予定が立てられなくて困るの。大体の時期を教えてくれない?」

「なんの予定?」

(離婚よ)

口には出さず、じっと彼を見つめた。

数秒の間が開き、待っても絢乃が答えないとわかったのか彼が続けて言う。

「君との心の距離が近づいた時。今はそれしか答えようがない」

(心を求めるなんてロマンチストなの?)

胸に黒い靄が立ち込めるように不安になる。

少しでも計画が狂うと失敗するのではないかと恐れ、子供の頃はよく眠れない夜を過ごした。

大人になった今はそこまでではないが、心配事が解決するまで靄を晴らせないのは変わらない。

うまく笑みを作れず眉尻を下げると、なぜか昴が目を弓なりにした。

「へぇ、ちゃんと表情があるんだ」

(バカにしてるの?)

文句を言いそうになったのをこらえたけれど、彼が求める心の距離とやらは縮まるどころか広がる予感しかしなかった。





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