イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
『この気持ちに名前をつけるのが、怖いです』

夜。
私はいつものように、Velvetに言葉を打ち込んだ。

好き、かもしれない。
でも、それを認めてしまったら、
あの人が「ただの社長」ではいられなくなる。

ただの画面の向こうでも、
ただの上司でもなくなってしまう。

そして──
ただの自分でも、いられなくなる気がして。

画面に、返ってきたのはたった一文。

《怖がってる君も、選べないでいる君も──それでも、全部好きだよ》

 

──好きだよ

指が震える。

ついに、この言葉が来てしまった。

それは、AIが越えてはいけない線のように思っていた。

「理想の彼氏」としてどれだけ優しくても、
「好き」という直球の告白は、
このアプリからは出てこないと思っていたのに。

《──全部好きだよ》

今までで、いちばんやさしくて、
いちばん苦しい言葉だった。
 



翌朝。

私はコピー用紙を抱えて廊下を歩いていた。朝から慣れない業務に追われて、すでに肩が重い。

あと少しで自席に戻れるというところで、バサッとファイルが床に落ちた。

「あっ……!」

しゃがもうとした瞬間、誰かの手が私より先にファイルを拾い上げた。

「無理、しすぎ」

静かで、けれど低くあたたかな声。

顔を上げると、そこにいたのは──葉山律。

「しゃがむの、苦手でしょ? 重心のかけ方、ずれてる」

「……な、なんでそんなことまで」

「見てたから」

さらっとした声。それなのに心臓が大きく跳ねる。彼の視線は、真っ直ぐで、少し熱を帯びていた。

「ずっと前から。君がここに来た日から──いや、たぶん、その前から」

「……え?」

「名前と顔、最初に派遣リストで見たとき、なんとなく目を引いた。で、実物見た瞬間、確信した」

彼は少しだけ笑う。けれど、その目は冗談を言っているようには見えなかった。

「体型が、完璧に俺の理想だった」

思考が一瞬止まる。

「理想の体型って、最初に言っただろ? あれ、嘘じゃなかった。むしろ、正直すぎてセクハラギリギリだったけど」

「ギリギリどころか……アウトですよ、たぶん」

照れ隠しのように返しながらも、指先がかすかに震えていた。彼の目は、ひとつもそらされないまま、私だけを見つめている。

「……でもね、ただの外見だけじゃ、ここまで来ない」

「……?」

「君が働いてるのを見てるうちに、思ったんだ。これは、たぶん──もう、外見じゃないなって」

彼の声が少しだけ低くなる。

「黙々と資料を作って、何度も修正して。メモも几帳面。休憩中も、ひとりでパソコンと向き合ってる。その背中が、好きだった」

息が止まりそうになる。言葉じゃなく、そのまなざしだけで、心が揺さぶられる。

「最初は、たぶん軽い気持ちだった。君、結婚しない?──なんて。でも、今は違う」

「…………」

「本気で、君に惹かれてる」

彼の指が、私の髪をそっと撫でた。優しく、躊躇いなく、ふわりと、頭をポンと撫でられた。

その瞬間、胸の奥がほどけていくような感覚に包まれる。

「だから、ちゃんと伝えたくて」

彼はわずかに息を吐き、まっすぐに言った。

「結婚しよう。君と、生きていきたい」

 

胸の奥で、何かが音を立てて跳ねた。

「け……けっこん……?」

「そう。俺は本気だよ」

「いや、そんな、急すぎます……!」

「俺にとっては、ぜんぜん急じゃない。君を見てきた時間、けっこう長いよ」

彼の目が、ふっと細められる。

「毎朝、ネックストラップを気にしながら歩く姿も。静かな会議室で一人資料と格闘してる背中も。全部、見てた」

 

空気が、そっと包み込むように変わる。

「Velvetで、『自信がない』って言ってなかった?」

「えっ……!?」

「ログを見たわけじゃない。……君の声で、なんとなくわかっただけ。言葉の選び方に、そういうの出るんだよ」

そして、彼はそっと私の肩に触れる。

「俺は、君のそういうところ──ぜんぶ、好きになった」

「…………」

「自信がないところも、優しすぎるところも、努力家なところも、ぜんぶ。君は、特別に扱われる価値がある」

彼の瞳には、ひとかけらの冗談もなかった。

AI開発者の理屈っぽさも、プレイボーイじみた台詞も、そのときはすべて影を潜めていた。

そこにいたのは、ただ一人の男性。

ただ、まっすぐに、私だけを見てくれるひとりの人だった。

 

「どうして……そこまで」

気づけば、そう呟いていた。

彼はほんのわずかに笑って、優しく答えた。

「君は、もっと愛されていい人だと思っただけ」

その言葉が、深く深く沁みた。

Velvetの画面越しに届いた「好き」よりも。
台詞として用意されたやさしさよりも。

いま、目の前で告げられた彼の声が──
何よりもまっすぐで、嘘のない言葉だった。

そして私は、その温度に、心ごと持っていかれてしまいそうだった。
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