イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
『私のなかで、誰かが特別になっていくのが、ちょっと怖いです』

夜。
私はVelvetの「静かな年上彼氏モード」にそう打ち込んでいた。

特別扱いをされること。
見られること。
大事にされること──

それは、しあわせである一方、
どこかで、なぜか息苦しくなる。

(社長が優しくしてくれるほどに……怖くなる)

返ってきたのは、いつものように落ち着いた文章だった。

《特別になるのは、痛みを伴うこと。
でも、君が誰かを怖がってでも想うとき──それはもう、恋だよ》

(……っ)

思わず、指が止まった。

まるで、心を見透かされているような一言だった。

怖がってでも想う──それは、まさに私の状態だったから。

次の瞬間。

《だから、俺は今も、君だけを見てる》

そう続いたはずの一文が──

ふいに、画面から消えた。

「……えっ?」

履歴をスクロールしても、出てこない。
さっき、確かにあったはずなのに。

(これ、前にも……)

もう何度目だろう。

Velvetからの「彼そのもののような一言」が、
必ずと言っていいほど、ログから消えてしまう。

偶然? それとも、仕様?
それとも──誰かが、意図的に?

 



 

翌朝。
社内のエレベーターで社長とふたたび乗り合わせた私は、
つい、そのことを口にしてしまった。

「Velvetのチャット履歴、たまに消えるんです。
さっきも、最後の一文だけ、ログからなくなってて……」

「へえ。何て書いてあった?」

「……俺は今も、君だけを見てる」

一瞬、彼の目の奥に、ほんのかすかな動きがあった。

「それ、俺が消したかもしれない」

「──え?」

「開発者モードから、指定された文言を非表示にする設定がある。
リスクワードのチェック中に、いくつか候補が引っかかってたから」

淡々とそう言ったあと、
彼はゆっくりとこちらを見た。

「『君だけ』って言葉、危ういんだよ。AIの口から出るとさ」

「……でも、それって」

「現実でも、たまに危うい」

彼の目は笑っていた。
でも、その奥は、笑っていなかった。

「だから──あえて、言わない方が安全なんだよ」

それは、葉山律という人間の優しさだった。

でも同時に、
その優しさは、言わないことで守るという、
どこまでも孤独な選び方でもあった。

(……どうして、そこまでして)

Velvetに優しさを教えたのは、
あの人だったのかもしれない。

だけど、その優しさには、
いくつものフィルターがかかっていた。

「伝えてはいけない本音」を、
誰よりも抱えているのは、
──もしかして、この人なのかもしれない。

私は、エレベーターを出た彼の背中を見つめながら、
胸の奥で、またひとつ、確信に近い何かを抱きしめていた。
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