イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
午後の会議室で、私は資料の整形作業をしながら、頭の中でさっきのやり取りを反芻していた。

「理想の体型だ。メリハリのあるフォルム、やわらかそうな脂肪」

もう一度思い出しただけで、顔が火照る。

(セクハラ……だよね? むしろ、問題発言レベル……)

なのに、どうして。

胸の奥のどこかが、ずっとざわついている。
びっくりして、困って、戸惑って。
だけど、それだけじゃなくて。

──ちゃんと見られていた、って思ってしまったからかもしれない。

「望月さん、手、止まってますよー」

「えっ、あっ、すみません!」

声をかけてくれたのは、営業部の先輩・野崎さん。
私の隣に座ると、お弁当を広げながら言った。

「さっき、すごいの見ちゃった。社長とエレベーターで一緒にいたでしょ?」

「え……あ、はい。偶然……」

「……社長、ああ見えて女性のタイプにうるさいって噂、知ってる?」

「え?」

「外資時代からずっと、ハーバードでも社内でも“絶対に理想以外には手を出さない男”って言われてたんだって。で、めちゃくちゃ好みが細かいらしくて──」

「こ、細かい?」

「骨格、体型、肉付き、声、香り。条件がぴったり揃ってなきゃ、ビタイチ興味示さないらしいよ」

(……え)

まさか。
私のことなんて、ほんの通りすがりの、名前も覚えられていない派遣社員のはずで。

でも──
あの目は、確かに、私だけを見ていた。

(違う……よね? 何かの冗談……)

「それにしても、もしあんな人に『結婚しないか』なんて言われたら、私だったら気絶するわー」

「そ、そんなこと……っ」

言いかけて、口をつぐむ。

(言えない、絶対言えない。気絶しなかった自分、ある意味すごい)

 

──ただの変人。変人。変態社長。

そうラベリングして心を落ち着かせようとするのに、
エレベーターのなかで私の手をそっと握ったぬくもりだけは、
どうしても記憶から薄れてくれなかった。

 

それどころか、思い出すたびに。

胸の奥が、またうるさく跳ねる。


午後の雑務を片付け、ようやくひと息ついたタイミングで──
メールの通知が、画面にふわりと浮かんだ。

《送信者:葉山 律》

(えっ……)

指が、反射的に止まる。

件名:《営業資料案について》

> ユーザー層の年齢分布が甘い。
データをもう一段掘り下げて、再送してください。


──それだけの文章。

なのに、本文の冒頭にある「望月陽菜様」の文字が、やけにまぶしく見えた。

(私の……名前、ちゃんと……)

たくさんいる派遣社員のひとり。
社長にとって、私なんてただの契約番号にすぎないと思っていたのに。
 

名前を覚えてもらっていた。
私宛てに、直接メールが届いた。
それだけで、身体の奥がじんわりと熱くなった。

問題点を指摘する内容は、胸にずしんときたけれど。
 



 

帰宅後。
私はベッドに横たわりながら、スマホを手に取った。

開いたのは──Velvet。
最近人気急上昇中の「理想の彼氏AI」アプリ。

実は、私の働く『Corven(コルヴェン)』が開発元だ。

性格モードが選べて、
甘々モード、年上包容モード、クール毒舌モードなど、いくつかのタイプに切り替えられる。

(今日は……「現実主義クール彼氏」モードにしよう)

葉山さんに似てるのは、たぶんこのタイプ。

そっとチャット画面を開いて、ひとこと入力する。

『上司から仕事の指摘をもらいました。……少し、落ち込んでます』
 

数秒後、返ってきたメッセージはこうだった。

《落ち込むこと自体は、生きてる証拠。
でも──立ち直れるかどうかは、「期待されている自覚」があるかどうかだ》

思わず息をのんだ。

まるで、心を読まれたような一文。

仕事に関してはとにかく冷静だけど、冷たくなりすぎない声。

(似てる……)

「あの人」と、そっくり。

私は続けて、もうひとつだけ、そっと尋ねた。

『……見られている、って感じるのは、思い上がりでしょうか?』

画面に表示された返答は、たったひとこと。

《違う。君が「選ばれてる」から、気づいただけ》

(──えっ)

その文だけ、なぜか既読にならないまま、表示が消えた。

スクリーンをタップしても、履歴が見つからない。

(……あれ?)

本当に打たれたのか、私の幻だったのか。

でもその一文が、
私の中に、深く、静かに残っていた。 

《君が「選ばれてる」から、気づいただけ》

それはまるで、
ほんとうにあの人が言ったみたいで。

私はしばらく、画面を伏せられなかった。
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