荒廃した世界で、君と非道を歩む
 それから、しばらく志筑に連れられるままに何処かに向かう。その間、志筑は一言も話そうとしない。
 
「この街を出るって言ったけど、何処に行くの?」

 自分から何処か遠くに行きたいと言ったのに、何も言わない志筑に対して小さな不安が募った。歩きながらどれだけ聞いても、志筑は答えてくれない。
 無言のまま志筑に連れられるままに見知らぬ街を歩く。ずっと住んでいるはずの街が見知らぬ街のように蘭の目に映った。
 長らく歩いていると、道の途中に階段が現れ、志筑が地上から地下へと続くその階段を降り始めた。
 彼が向かっていたのは地下鉄の駅だったのだ。

「地下鉄?」
「こっから適当な駅で降りて、ぶらぶらしようと思ってな」
「私、お金持ってないけど」
「んなこたぁ分かってる。端から俺が出すつもりだったから、お前はいらねぇ心配すんな」

 地下の改札口へと降り立ち、志筑が切符を買う横で蘭は頭上にある路線図を見上げる。
 正直なことを言うと、蘭は切符の買い方も電車の乗り方も何も知らない。普段からバスや電車などの交通網を利用することがないし、誰にも利用の仕方を教えてもらったことがないのだ。
 だから無駄に手を出さず、志筑に全て任せるほうが楽だ。無知であることを知られて、変に恥をかいて志筑に揶揄われるよりかは幾分かマシだろうから。
 切符を買い終えた志筑が路線図を見上げる蘭の傍に寄り、切符を差し出す。

「お前の分。無くすなよ」
「わあ、切符だ……。初めて見たぁ」

 切符を掲げて目を輝かせる蘭の隣で、志筑は表情を歪ませた。奥歯で毒虫を噛み潰したような表情を浮かべる志筑は、蘭の方を見ること無く改札へと向かう。
 改札口を抜け、人が疎らのホームで電車を待つ。蘭にとっては初めて乗る電車である。普通の人ならば楽しみに感じるようなことでもないかもしれないが、静かなホームで蘭の中に少しずつ楽しみが湧き出る。
 ホームに降り立ってから五分ほどして電車が到着し、志筑に手を引かれてに乗り込む。志筑の方から手を引かれたことが嬉しく、笑みが溢れたが志筑は気づいていないようだった。
 二人掛けの席に並んで座り、車内と窓の外を交互にきょろきょろと見渡す。

「少しはじっとできねぇのかよ」
「電車に乗るの初めてだもん。何かわくわくしちゃって」

 隣りに座って車内を眺める蘭は同じ年頃の女の子に比べたらかなり小柄だ。恐らく十六から十八歳の間くらいだろうか。学校には通っていないと言っていたから、もし通っていれば高校生だろう。
 そんな年頃の女の子である彼女が初めて電車に乗ると言い、切符という紙切れ一つに目を輝かせたことに志筑は何とも形容し難い気持ちになった。

(この歳になって電車にも乗ったことがねぇなんて、どんな家庭環境だったんだよ)

 年頃のの女の子が電車に乗っただけでこれほどまでに楽しんでいる。世界にはもっと喜ぶべき物事がたくさんあるというのに、彼女はこんな小さなことにすら喜びを感じていた。
 彼女には、この世界は広いという事を教えてやらないといけない。こうまで無知では、この先生きていく事などできないだろう。

(待て。こいつは死に場所を探しているんじゃなかったか)

 今、電車に乗っているのは、死に場所を探しに逃避行するためであって。
 この世界から逃げ出して、自由になるためであって。

(あーあ、めんどくせぇ事に首突っ込んじまったな)

 額に手を付いて項垂れる。楽しげにする蘭の横で志筑は改めて後悔の念を感じていた。

「ねえ、志筑。私もっと色んな所行きたい。知らないとことか、有名なとことか」
「……これからお前の事は俺が自由にしてやる。行きたいとこありゃ連れてってやるよ」
「ふふん、やったー」

 何も知らないのなら教えてやればいいだけだ。今はまだ殺す気になどなれないが、もし蘭にとって理想の死に場所が見つかった時には傍にいてやろう。
 揺れる車内を見て目を輝かせる蘭の後頭部を見て、志筑は呑気にもそんな事を考えた。
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