荒廃した世界で、君と非道を歩む
新汰の目には目の前に広がる海が灰色に見えた。色という名の希望など無く、広がるのは夢も明日もない絶望だけ。
「俺はなぁ、何が正義で何が悪なんか分からんくなったんや」
先輩としての威厳などとうの昔に捨てた。今の自分は部下に慕われた頼れる刑事ではない。
ただの一般人、祖母の旅館の手伝いをしているフリーターであるのだ。
あの二人にも自分はフリーターであると伝えた。そしてあの男も自身をフリーターだと偽った。あの瞬間、二人は互いに身分を偽り嘘を吐いたのだ。
「これから俺が喋ることは全部独り言やと思ってくれ」
何かを話すのに保険を懸けるなど先輩として恥ずかしいことであると理解はしている。
けれど、隣で静かに話の続きを待っている後輩は、こうして前置きをしないと持ち前の気の強さで詰めてくるのだ。
かつてバディとして信頼関係を築いた間柄だからこそ、東の性格を新汰はよく理解している。どれだけ成長して成績を上げたとしても、新汰は東の先輩であり東は新汰の後輩なのだ。
「今の俺は、フリーターと名乗って祖母が営む旅館の手伝いをしとるんよ。あの時もそうやなぁ、一人でこんな感じの海辺をドライブしとった。好きな歌い手の影山詩子の曲を流して一人の趣味の時間を楽しんどったんやけど、曲がり角を曲がったら堤防の上を歩く女の子とその子を見守る男が現れてな」
一瞬、東の顔色が変わった。新汰が話すと女の子と男が殺人鬼と行方不明の少女を表しているように聞こえるのだ。
実際、新汰はそのつもりで話している。わざわざ殺人鬼だと言わないのは、新汰自身が彼のことを殺人鬼であると信じたくないからである。
「何してんのか聞いたら隣町まで歩いているって言うんや。これにはもうびっくりしてなあ。二人がおった場所から車を走らせても隣町まで一時間くらい掛かんのに歩いていくってなりゃあ気が遠くなるやろ。やから、俺は二人を車に乗せて旅館まで連れて行った」
「殺人犯を匿ったんですか!」
それまで黙って話を聞いていた東だが、これには黙ってはいられなかった。
かつて少年院に入っていた殺人犯を逃がし、禁忌に触れたことで失職した先輩が同じような過ちを犯していたのだ。
野犬のように吠える東を横目に新汰は淡々と語り続ける。今の自分はあくまでも一般人であると言い聞かせるのだ。
「顔を見たばっかの時は“そう”やと思わんかったんよ。あの男が“そう”やと気がついたのは、二人を載せて二十分くらい走った頃やった。偶然目に入った交番に指名手配の張り紙が張り出されとってな、まさかとは思ったけど」
灰色の海から目を逸らした新汰の横顔が東にはやけに寂しげに見えた。酷い後悔とやるせなさに打ちのめされたような、もしくは何も知らない無知な赤子のようにも見える。
視線を足元に落としたまま歩き出した新汰は、吐き捨てるように言った。
「そのまさかやった」
ざぶんと一層大きな波が上がり、激しい潮風が四人の元に吹き荒れた。
「俺はなぁ、何が正義で何が悪なんか分からんくなったんや」
先輩としての威厳などとうの昔に捨てた。今の自分は部下に慕われた頼れる刑事ではない。
ただの一般人、祖母の旅館の手伝いをしているフリーターであるのだ。
あの二人にも自分はフリーターであると伝えた。そしてあの男も自身をフリーターだと偽った。あの瞬間、二人は互いに身分を偽り嘘を吐いたのだ。
「これから俺が喋ることは全部独り言やと思ってくれ」
何かを話すのに保険を懸けるなど先輩として恥ずかしいことであると理解はしている。
けれど、隣で静かに話の続きを待っている後輩は、こうして前置きをしないと持ち前の気の強さで詰めてくるのだ。
かつてバディとして信頼関係を築いた間柄だからこそ、東の性格を新汰はよく理解している。どれだけ成長して成績を上げたとしても、新汰は東の先輩であり東は新汰の後輩なのだ。
「今の俺は、フリーターと名乗って祖母が営む旅館の手伝いをしとるんよ。あの時もそうやなぁ、一人でこんな感じの海辺をドライブしとった。好きな歌い手の影山詩子の曲を流して一人の趣味の時間を楽しんどったんやけど、曲がり角を曲がったら堤防の上を歩く女の子とその子を見守る男が現れてな」
一瞬、東の顔色が変わった。新汰が話すと女の子と男が殺人鬼と行方不明の少女を表しているように聞こえるのだ。
実際、新汰はそのつもりで話している。わざわざ殺人鬼だと言わないのは、新汰自身が彼のことを殺人鬼であると信じたくないからである。
「何してんのか聞いたら隣町まで歩いているって言うんや。これにはもうびっくりしてなあ。二人がおった場所から車を走らせても隣町まで一時間くらい掛かんのに歩いていくってなりゃあ気が遠くなるやろ。やから、俺は二人を車に乗せて旅館まで連れて行った」
「殺人犯を匿ったんですか!」
それまで黙って話を聞いていた東だが、これには黙ってはいられなかった。
かつて少年院に入っていた殺人犯を逃がし、禁忌に触れたことで失職した先輩が同じような過ちを犯していたのだ。
野犬のように吠える東を横目に新汰は淡々と語り続ける。今の自分はあくまでも一般人であると言い聞かせるのだ。
「顔を見たばっかの時は“そう”やと思わんかったんよ。あの男が“そう”やと気がついたのは、二人を載せて二十分くらい走った頃やった。偶然目に入った交番に指名手配の張り紙が張り出されとってな、まさかとは思ったけど」
灰色の海から目を逸らした新汰の横顔が東にはやけに寂しげに見えた。酷い後悔とやるせなさに打ちのめされたような、もしくは何も知らない無知な赤子のようにも見える。
視線を足元に落としたまま歩き出した新汰は、吐き捨てるように言った。
「そのまさかやった」
ざぶんと一層大きな波が上がり、激しい潮風が四人の元に吹き荒れた。