荒廃した世界で、君と非道を歩む
 距離にして数十メートル。大して離れていたわけではなく、全力で走ればあっという間に東の目の前に到着した。
 恐らく一八○センチメートルはあるであろう巨体は、突然足元に現れた華奢な蘭が見えなかったらしい。
 巨躯の東と目が合ったのは、蘭が彼の拳銃を握る手に触れてからである。

「おい! 何をして────」

 無理矢理拳銃を奪い取ろうとしたが東の握力は想像以上で、蘭では奪い取ることができない。
 ならばと東を睨めつけた蘭は大口を開けて東の手に齧り付いた。もとよりその手を噛み千切る勢いだったのだ、普通の人であれば声を上げるはず。
 それなのに東は声を上げるどころか微かに表情を歪ませただけですぐに蘭の首根っこを掴んだ。
 軽々と持ち上げられた蘭はジタバタと暴れて抵抗するしかない。どうして志筑もこいつもこんなに頑丈を身体をしているのだ。

「離して、離してよお!」

 叫び声が何に届いたのか分からないが、蘭が上げた叫び声に共鳴して一際大きな波が波打ち際にぶつかった。
 守ると言ったのに、次はが志筑を守る番だと言ったのに、どうして自分はこんなにも小さくて弱いのだ。
 弱い自分に嫌気が差す。何もできない自分が、口だけの自分が惨めで情けない。

「……てよ」
「あ?」
「やめてってばあ!」

 首根っこを掴んでいる東の腕を両手で掴み、勢いをつけて東の脇腹を蹴りつける。

「うぐっ……」

 スニーカーの角が当たるように蹴ったからか流石の東でも一瞬怯んだ。その一瞬の変化を見逃すわけにはいかない。
 首根っこを掴む手から力が抜けた瞬間に上着を脱いでその場に着地すると、左手に握られていた拳銃を奪い上げた。
 拳銃を持って志筑の元へ戻ろうとした時、新汰が血相を変えて蘭の左手首を掴んだ。
 なんだか今日は初めてが多い。初めて志筑の涙を見たし、初めて焦っている様子の新汰を見た。

「離して。離さないと撃つよ」
「そんなもん早く下ろしい。君まで非道を歩むつもりか」
「うるさい。私のことなんて何も知らないくせに、新汰だけは分かってくれると思ったのに」

 奪い取った拳銃を新汰の眉間に向ける。新汰の背後で蹲る東を介抱する男とは別のだらけた印象を受ける男が、拳銃を構えて一歩踏み出した。
 蘭はすぐさま新たに向けていた拳銃をその男に向ける。拳銃を向けるとその男は動きを止めて立ち止まった。

「ほら、離さないと全員殺す。私は志筑と一緒にいるためだったら何だってする。人殺しも、何だって」

 真っ直ぐと新汰の目を見つめてそう吐き捨てれば、新汰は表情を歪めて掴んでいた手を離した。
 新汰達に拳銃を向けたままじりじりと後ろ向きで志筑へと近づく。一歩、二歩、三歩、後ろを向いて志筑の元へと走り出した。

「来るな、蘭!」

 志筑の叫びが聞こえた瞬間、背後から強い衝撃を受けて小さな身体はその場に抑え付けられた。
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