29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

【26】告白①


「ん…………。よく寝た」
朝の気配に誘われて、私は目覚めた。

なんとなく目が重たくて、ちょっと浮腫んでいる気がする……きっと、昨日の誕生日パーティで大泣きしたからだと思う。

「本当にすてきなお誕生日だったわ……」
まるで夢のような1日だった。本当に全部、レイのおかげだ。

私はサイドテーブルに置いてある3つの小箱を手に取った。どれもレイからのプレゼントで、私にとっては一生ものの思い出だ。

「ありがとう。レイ……最高のお誕生日を、本当に、ありがとう」

でも、お誕生日はもう終わった。だから私は思い出を胸に、前へと進まなければならない。
「……さて。自立に向けて、がんばらなくちゃ」
気を引き締めるために、私は両手で自分の頬をぱしんと叩いた。


やがて、ノックの後にアニスが入室してきた。
「おはようございます、エルダ様。昨日のお疲れは残っていませんか?」
「おはよう、アニス。昨日はありがとう。おかげさまで、とても元気よ」

朝の身支度を手伝ってもらってから、アニスと一緒に庭に出た。朝食前の日課として、天気の良い日は外に出て朝の空気を吸うことになっているのだ。

ガーデンチェアに腰を下ろすと、私はアニスに頼みごとをした。
「悪いけれど、新聞を持ってきてもらっても良いかしら」
「分かりました」
アニスがもってきてくれた今朝の朝刊を受け取ると、私は早速一面記事から目を通し始めた。

「新聞なんて珍しいですね、エルダ様」
「ええ。これからは外の世界にも目を向けなくちゃと思って」
「?」

だって私は、じきに侯爵邸から出ることになるんだから。10年の間にすっかり世間から置いてけぼりになっているし、しっかり情報収集していかないと。

(政治欄と経済情報、上流階級の動向と……。それに、求人欄も気になるわ)

世間では今、どんな職種が女性に向けて開かれているのだろう? 住所不定無職独身の29歳という絶妙に微妙な自分の境遇を思うと凹むけれど、あえて前向きに仕事探しをしていきたい。私がじっくりと求人欄を読み込んでいると、アニスが声を掛けてきた。

「エルダ様、どうして求人なんて見てるんですか?」
「ここを出たあとの働き口を調べておきたくて」
「!!?」

なぜかアニスは愕然とした顔になり、手に持っていた荷物をどさっと地面に落っことした。

「どうしたの? アニス」
「こ、ここを……出たあとって、エルダ様がですか?」
「ええ。そろそろ真剣に、身の振り方を考えないとね」
「んなっ…………な、何でですか!?」
「それはそうでしょう? 読み書きも炊事洗濯もできるし、どこかのお屋敷の家庭教師か使用人になれたらいいと思うんだけれど。……でも、身元がちゃんとしていない私では、お屋敷勤めは難しいかしら。だったら飲食店や宿屋も良いの。アニス、もし私が働けそうな就職先を知っていたら……」

「~~~~~~~っ!? ちょ、ちょっと失礼します!!」
アニスは激しくうろたえて、屋敷に駆け込んでいった。
「……どうしたのかしら。アニスったら」

程なくして、ラファエル様が血相を変えて現れた。いつものゆったりした雰囲気とは違って、ひどく焦った感じだ。
「エルダ!」

「――おはようございます、ラファエル様」
居住まいを正してそう言うと、彼は寂しげな顔になった。――なぜ『レイ』と呼んでくれないのですか、とでも言いたそうな顔だ。

でも昨日が特別だっただけで、本当は『ラファエル様』と呼ぶのが正しい。

「……エルダ。アニスから聞きました。どうして、屋敷を出ようなどと考えるのですか?」
彼はガーデンテーブルの新聞を一瞥してから、固い声でそう問いかけてきた。
「いつまでもラファエル様にご迷惑をかける訳にはいきませんから。いい加減、自立の準備を始めないと」
「迷惑ではありません」

ぐい。と、両肩を掴まれた。思わず逃げようとしたけれど、強い力で逃げられない。

「私がいつ迷惑だと言いましたか? ……『迷惑だ』と思わせる素振りを見せたことがありましたか?」
「…………」
「いつだって、エルダに居てほしいと伝えてきたはずです。いつまでも私のそばに居てください」

怖いくらいの真剣な瞳で、私をまっすぐ見つめてくる。そんなに、見つめないでほしかった。

「……ラファエル様は本当に優しいですね。子供時代のことに恩義を感じて命を救ってくれて、いつも優しくしてくれて。……私は親代りとして誇らしいです。でも、これ以上は流石に甘えられません」

私が淡く笑って言うと、彼は顔をひきつらせた。
「ずるいですね、あなたは。子どもの頃には戻れないと言いながら、いつまでも私を子ども扱いしてくる」

「そんなことはありませんよ、ラファエル様はすばらしい大人になってくださいました。おかげで私もこんなに元気になれましたし。探せば働き口も見つかると思いますし、仕事を始めて少しずつでもお金をお返――」
「いらない」
言葉の途中で、鋭く遮られた。
「そんなものいらない。あなたがいてくれるだけで良いんだ。なぜ私から逃げたがるんですか?」
「……ラファエル様こそ、どうしてそんなに私にかまうんです?」
「まだ分からないんですか」

彼は苦しげに息をつき、やがて、声を絞り出した。

「愛しいからに決まっている」
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