その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています

プロローグ

 この結婚は契約だった。
 最初は、それでいいと思っていた。

 恋じゃない。感情は必要ない。
 そう自分に言い聞かせてきたのに。


 「ただいま帰りました……」

 都心にそびえる高級なタワーマンション。

 その高層階の一室の玄関ドアを開けると、まるでテレビドラマの中に入り込んだかと錯覚するような空間が広がっていた。

 洗練された玄関インテリアはどこを見ても整っていて、無駄がない。

 (私がこんな場所に暮らしているなんて…)

 いまだに実感がわかないまま、玄関で靴を脱いでまっすぐ廊下を歩く。
 その向こう、優しい間接照明の光が漏れだすリビングは温かみに満ちていた。

 「おかえり」

 低くよく通る声がして、肩がびくりと跳ねた。

 「柊木さん、もう帰ってたんですか?」
 「ほらまた名前」
 「っ……す、すみません……真澄さん」

 少し言いにくさの残る呼び方に、彼――柊木真澄(ひいらぎますみ)は、満足げに小さく頷いた。

 「ちょうど夕食ができたところだ。タイミングがいいな」

 テーブルに並べられた料理を見て、思わず絶句する。

 焼き鮭の味噌漬け、ほうれん草ときのこのマリネ、ひじきの煮物に豆腐ハンバーグ。アサリのお味噌汁に玄米入りの炊き込みごはん。まるで栄養学の教科書に載っていそうな完璧な献立だ。

 「これ、全部真澄さんが…?」
 「当然だ。摂取カロリーは650キロカロリー、塩分2.3グラム以下。吸収効率も考慮した」

 そこまで言ったところで、真澄がすっと右手を伸ばしてきた。

 「な、なんですか…!?」
 「手が冷たい。それに低血糖気味だ、昼を抜いたな?それから足首のむくみ。今日は移動が多かったのか」

 (あぁ、またいつものが始まった…)

 軽く眩暈を覚える澪を無視して、真澄はするりと手首に指を添える。

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