恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない
第七話
……夕方まで続く、高校三年生向けの講習のお昼休み。
部室で藤峰佳織が、何度目かのため息をついている。
「みんなが楽しんでいると思うと、うらやましいよねぇー」
……まったく。
本音を語ってくれるのはいいんだけれど、忘れていません?
「目の前にいるのは、受験生なんですけど?」
わたしが、そうやって返答してみたところ。
「美也はそれでいいじゃない。わたしなんて、受験生じゃないんだよ!」
……いや、高校の先生なんだから仕方ないでしょ。
でも、そんな理屈。
佳織先生には、通用しないんだよな……。
「はぁ〜」
もう、そんなにため息つかなくてもいいのに。
なんだか、わたしが悪いことでもしてるみたいになる。
「仕方ないですね。一回、連絡してみます?」
「え! いいの美也?」
いきなり元気になった先生は、立ち上がってわたしのスマホを受け取ると。
「よし、響子に連絡!」
なんの迷いもなく、通話のボタンを押してはしゃいでいる。
「どした? 佳織?」
……『わたしの』、スマホなのに。
相方の高尾響子も迷いなく、相棒の名前を口にする。
「なんなんだか、このふたり……」
「えっ、なに?」
「なんでもないです、お話しの続きをどうぞ」
すると、佳織先生は。
「響子、暇?」
「え? 暇じゃないわよ」
「絶対、暇してるでしょ?」
なんだか、暇だといわない限り許してくれなさそうなことをいっている。
「……だって月子ちゃんは寝てるでしょ。由衣ちゃんと海原君にはとっておきのアイスあげちゃったし……。あと、その前に陽子ちゃんと玲香ちゃんを追いかけ回してたから……。ほんと、こっちは大忙しよー」
「ねぇ響子。どう考えても、すんごい暇そうじゃない?」
うん。
わたしも、佳織先生の意見に一票。
「違う違う。わざと、暇そうにいってみただけよ」
「本当?」
「本当はみんなそれぞれ忙しくて。いないのは参拝客くらいかな?」
えっ……。
「なぁんだ〜。じゃあ安心だね〜!」
「でしょ! だからこっちは大丈夫!」
なんだか、それで安心していいのかな?
やっぱり、このふたりは。
どこかが、なにかズレている……。
「ちょっと、美也これ見て!」
わたしの心配をよそに。いきなり先生が、画面を目の前に出してくる。
「ちょっと佳織、人の話し聞いてる? なにか見えたの?」
「見えたよ。響子が、コスプレしてる!」
「ちょっと、コスプレじゃなくて本物。わたしたち『巫女』してるのよ〜」
えっ!
みんな、そんな楽しそうなことをしてるの?
ならばと、わたしは。
「も、もしかして! 海原君もコスプレしてるんですか?」
……そう聞いてみたけれど。
「ううん。彼は『ゴマちゃん』の前で、ダンプ相手にスコップで頑張ってる!」
響子先生が、ニコニコしながら教えてくれて。
「いいねぇ〜! で、『レオ』は元気?」
それを聞いた佳織先生が、うれしそうに話しているけれど。
ダメだ、いうことがホント不思議ちゃんすぎて。
わたしには状況が、まったく理解できない……。
「もう、こっちのことはいいから。ふたりともきちんと学校で勉強しなさい!」
「え〜」
「ええっー!」
「まったく。教師のほうが文句が長くてどうするの……。もう、切るわよ」
ようすを知ろうと連絡したはずが。
終わってみれば、ふたりとも余計に寂しくなる。
いつもにぎやかな部室なのに、なんだかふたりには大きすぎて、静かすぎて……。
「……でもさ、先生」
「どうした?」
ふたりだけっていうのも、ちょっと懐かしいかも……。
わたしはふと、昔のことを思い出した。
……あれは、一年生の二学期。
「わたしたちもきょうで辞めるから、あとはよろしくね」
それまで仲良くしてくれていたと思っていた、先輩たちが。
なぜか一斉に、部活を辞めてしまった。
三年生は、文化祭も体育祭も終わったから引退だと理解できる。
でも、二年生がいきなり辞めるなんて。
わたしは聞いていなかったし、そもそもなんの前触れもなかった。
「だって春まで、やることなんてないしねー」
「それに都木《とき》さん、ひとりでもこなせそうだしー」
「そうそう。それに三年生になったら大変そうだから、あとはよろしくね!」
わたしは唯一の一年生だから、頑張っただけだ。
「人助けだと思って、お願い!」
三年の先輩に、どうしても部員がいないと困ると頼まれただけだ。
三年生二名、二年生三名、だから一年生は一名でいいといわれたときに。
きっと断るべきだったのだろう。
「偶数ってちょうどいいから、大歓迎!」
かつて二年生たちは、そういっていた。
それなら、三年生が引退しても。合計四名なら、問題ないはずなのに……。
おそらく、あの先輩たちは。
この部室のテーブルが六人のほうが、『収まり』が良くて。
でも、四人になってしまうと。
三人組の誰かが、わたしと組まないと『いけなくなる』から。
ついでに、辞めてしまおうと思ったのだろう。
……だが、責めても仕方がない。
三年生の上にいた先輩も、そのまた先輩も、似たようなものだったらしい。
だから、いつのまにか。
有名だったらしい『放送部』が、『機器部』と呼ばれるようになったそうだ。
本当は、わたしも辞めてしまいたかったけれど。
この部活は、『ないと困る』らしい。
ないと困るのに、一名でもいたら困らない。
そんなのはおかしいと、わたしは思っていた。
……それからしばらくして。
突然担任の佳織先生が、『機器室』に現れた。
無気力のくせに、ずっとダラダラ居続けていた顧問が。
どうやらいきなり、学校ごと辞めたらしい。
「というわけで、きょうからわたしが顧問ね。よろしく!」
「……なんか、貧乏くじですね」
わたしがそういうと。
「そうかな? 部員がひとり、わたしとふたり。なんでもできていいじゃない!」
佳織先生は、こともなげにそういうと。
今度はやさしい声で、わたしに。
「もう、ひとりにはしないから。安心しなさい」
そういって、ニッコリと笑ってくれた。
言葉どおり、藤峰先生は。
陽子と月子ちゃんがくるまで、ずっとわたしの相手をしてくれた。
そのあと、わたしが『わがままなこと』をしても怒らずに。
間違いにようやく気づいて、ここに戻ってきたあとも。
いつも変わらず、近くにいてくれる。
……えっ?
ということは、あれ?
も、もしかして……。
「……先生?」
「ん? どした?」
「本当は、三年の講習担当じゃなかったんじゃない?」
……そうだ。
よく考えれば、すぐにわかる。
先生は、講習担当に当たってしまったんじゃなくて。
担当になれるように、してくれたんだ。
だってそうしないと、わたしはまた……。
「なになに? どしたどした?」
出たよ、その謎ウインク。
そうか、そうだよね……。
わたしの反応に満足したのか、先生は。
「……部室がにぎやかになったのは、うれしいよ」
穏やかな声で、そういうと。
「でもふたりで話せる時間も、たまにはいいよね?」
そういってまた、ニッコリとほほえんだ。
……わたしは、藤峰佳織の笑顔が大好き。
あのときも。
そしていまも。
この笑顔に、いつもわたしは救われているんだ。
「先生、わたしね……」
いまは、ふたりの時間を大切にしよう。
それから、先生とみんなで。
もっともっと、楽しもう。
……そのあとは、珍しく美也が。
びっくりするくらい、よくしゃべり出した。
わたしは、そんな姿を見つめながら。
冷房の効いた『放送室』の、少し開いた窓の隙間から。
やさしい風が、そっと流れこむのを感じている。
その風が吹くとき、わたしは力をもらう。
それはいままでも何度もあって、これからも変わらない。
なぜ、その風がわたしの力になるのか。
この子も、この子たちもまだ知らないけれど。
そう遠すぎない未来に、話せるときがくる予感はある。
……満足したのか、静かに風がやむと。
わたしは窓から見える、『その先』を見て。
「いつも、ありがとう」
心の中で、そっとつぶやいた。