恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない
第九話
神社『勤務』も四日目となった、木曜日。
あれから毎日。
三藤先輩以外の、女子たちは。
なにかと理由をかこつけて、話題の小ぶりなお社によるものの。
いまのところは誰も。
芝犬を連れた、少しきつねに似た顔の原さんには、出会えずにいた。
「そもそも原さんって、本当にいるんですか?」
コイツは、よっぽど会いたかったのだろうか?
いかにも高嶺らしい。ストレートな質問に。
「だってわたし毎日、お会いしてるけど?」
高尾先生は先生で、逆に不思議そうな顔で周囲を見回す。
「まぁ、きっと神社が広いからだよ。昴君、参道でしっかり見張っといてね!」
玲香ちゃんがそういいながら、僕の背中をポンと叩く。
慣れとは不思議なもので、もう四日も見ていると。
玲香ちゃんがなんだか、本物の巫女に見えてくる。
「そういえば、今朝はやけにオシャレしてません?」
これまた巫女姿のよく似合う、春香先輩が。
巫女姿じゃない高尾先生に話しかける。
「ちょっと午前中出かけてくるの。あとはヨロシクね!」
鮮やかな露草色のワンピースに、向日葵色のキャペリンハット。
まぁこれは、ボソリと高嶺がつぶやいていたのを。
そのまま借りた表現なのだけれど……。
実際、そのツバの広い帽子は農作業のそれとは違うし。
青と黄色で、信号機みたいな赤はなくても。
その姿はさすがの僕でも、オシャレをしているのがよくわかる。
「海原君。なんか、ちっともほめてないよね?」
「えっ?」
春香先輩が、僕をチラリと見てから。
「帰ったら響子先生に教えちゃお〜」
そういってから、手を振り出す。
「……フアッションセンス『は』、抜群だよねぇ」
「スタイル『は』、いいしねぇ」
高嶺と玲香ちゃんが、手を振る先生を眺めながらぼやいている。
その『は』の裏には。
いったいどんな思いが隠されているのか『は』、よくわからないけれど。
なんだか、女子高生って怖いんだな。
僕もそれだけ『は』思った。
「海原くん。きょうのお昼は、先生が買ってきてくださるそうよ」
向日葵色が小さくなるのを、ぼんやりと眺めていた僕に。
三藤先輩はそれだけいうと。
掃除用具の入ったバケツを手に持ち、スタスタと歩き出す。
その声色が、微妙にいつもと違う気がして。
僕は呼びかけようとしたけれど。
あっというまに角を曲がって、消えてしまった。
「ねぇ月子先輩、いつもどこいくの?」
高嶺が聞いてくるが。
僕も日中はすれ違いが多くて、詳しくはわからない。
「どこかの掃除を、任されているらしい」
「ふーん。それで機嫌悪そうなの?」
なるほど、三藤先輩は機嫌が悪いのか。
いや、でも……。
「掃除好きなはずだから、それで機嫌が悪くなることはなさそうだけどなぁ?」
「いや、やりたくない掃除って。アンタだってあるでしょ?」
お前ほどは、ないと思う。
僕が口に出かけた言葉を、飲み込んだところで。
「……えっと。もしかしたら月子」
春香先輩が、ちょっと遠慮がちな声で。
「ご飯作りたいのかもしれない」
掃除が問題じゃないと、教えてくれる。
「ほら、結局食事の担当。英会話も兼ねて、先生とわたしがしてるでしょ?」
「は、はぁ……?」
イマイチ要領を得ない僕が、そんな返事をすると。
先輩は、ため息をついて。
「残念、説明するだけ無駄だったか」
冷めた目で僕を見る。
「え? どういうことですか?」
「あのね、ご飯を作るっていうことの意味、わかる?」
「……感謝していただきます」
「小学生みたいなこと、言わないでよもう〜!」
先輩が、僕の隣であきれている高嶺にバトンタッチ、みたいな目で見たけれど。
「コイツじゃ、あと百年してもわかんないですよー」
もうお手上げですよ、みたいに答えると。
アイツは巫女姿のまま、ノシノシと歩いていった。
……いつまでも僕も、油を売っている場合でもない。
きょうも変わらず、砂利の山かぁ。せめて砂の山ならいいのになぁ……。
あまり意味のないことを考えながら。
例の小ぶりなお社を超えたあたりで。
思いがけず、僕はある人物と出会う。
「……原さん、ですか?」
「いかにも」
どうしてこの人が原さんだと思ったのかは、よくわからない。
とはいえ。
原さん以外ではあり得ない、とも思った。
「あのお嬢ちゃんは、元気になったかね?」
きっと、三藤先輩のことなのだろう。
原さんは、僕が答えるよりも先に言葉を続ける。
「あのお嬢ちゃんは、掃除が大変上手だ」
おおっ!
先輩の掃除好きは、原さんにも知られているのか。
あとで、先輩に伝えたら喜んでくれるかな?
「……それはやめとけ」
「へ?」
「なにを考えておる……。機嫌が悪くなるから、やめとけ」
原さんにも、僕の顔の表情とかが見えているんだろうか?
ちょっと特徴的な原さんは、そんなことはお構いなしに。
「続けてよいか?」
「あ、どうぞ……」
話しをさせろと、僕に催促してくる。
「巫女のお嬢ちゃんたちも、明るくてよろしい」
きっと、残りの三人を指しているんですね。
「もうちょっと小さな声でも聞こえとるがな。一応神社じゃて」
僕は高嶺が、この辺りで大声で原さんを探している姿を想像する。
「そのまま伝えたら、また怒られるぞ」
ありがとう、原さん。
僕への気配りまでバッチリですね!
「いや、目の前で騒がれたらうるさいだけじゃ」
そ、そうなんだ……。
しっかりキャラを、つかんでるんですね。
「それと、ここのところ。前からおる社のお嬢ちゃんも、生き生きとしとる」
高尾先生のことか。
原さんにとっては、女子高生も先生も同じ扱いなのだろう。
うーん、これは……。
先生には内緒にしておこう、張り切りすぎそうだしな。
「いや、それはな」
「はいっ?」
「小さい頃から知っておるでな。若いっていってやったら、大層喜ぶぞ」
そ、そうなんだ……。
女性の扱いって、ムツカシイですね。
原さんはそこまでいうと、ひとりで参道の木々を仰ぎ見る。
すると、まるで原さんに拍手でもするように。
にぎやかにセミたちが一斉に鳴きだす。
「ほれ、ポチッと押したぞ」
親指を立てて、原さんがニコリとする。
まさか、スマホとか持って『リアクション』のボタンを押したつもり……。
とかじゃないですよね、それ?
「持っとらんよ。だいたい、コンセントがないわ」
理由が、それなのか? それでいいのか?
「……して、どうするつもりじゃ?」
「はい?」
どうも話しが脱線する、とブツブツ原さんがいいながら。
謎の老婆が、僕に謎かけをしてくる。
「お主は、どうするつもりじゃ?」
「スマホを持つかどうか、ですか?」
原さんは、いつもどこかで聞いたことのあるような、大きなため息をついて。
「本当に……部長なのか?」
「へっ?」
「まだまだ、じゃのう……」
な、なんかよくわからないけれど。
と、とりあえずすいません……。
「……願いの強い子も、まっすぐな子も、遠慮がちな子も、わかっておらん子も、あきらめたような子もな」
原さんが、僕の目をじっと見た気がするけれど。
僕には原さんの瞳が、見えなかった気がした。
ただ、その笑顔が。
妙にやさしかったのだけは、わかった。
「……よう考えるのじゃよ、海原昴」
「ちょっと! なにボケっと座ってんの!」
「えっ?」
突然の、原さんとは違う声に驚くと。
目の前に、栗色の塊が現れた。
……ん?
もしかして、これは高嶺の頭か? でも、なんで頭が目の前に?
「なにこれ? 珍しい」
なるほど。
どうやら、僕の足元に落ちていた葉っぱ拾おうと。
アイツは声をかけながら、しゃがんだらしい。
だから頭なのかと、そう思った瞬間。
鼻のあたりに激痛が走り、目の前が真っ白になる。
「う、ううっ……」
アイツは、痛がる僕よりも。
自分の頭のデコレーションのほうが、大切だったようで。
「ちょっと、せっかく可愛くセットしてもらった髪、触らないで!」
遠慮なく吠えてくる。
「い、いや。触ったわけじゃなくて……」
そう答えながら、鼻と口を押さえている僕を見て。
今度は高嶺の顔が、真っ赤になる。
「へ、変態っ!」
「は?」
「頭に……。その……。口とかつけないで!」
あぁ、なんていうかその表現。
ロマンチックなものとは、絶対違うやつになっている……。
「もう、あとで消毒しないとやってらんない!」
「頭に消毒液はまずいだろ」
「え?」
「あとどっちかというと、お前の汗だくの髪の毛のほうが汚れ……」
「な・に・か?」
「あ……。ご、ごめんなさい!」
吠えるだけでなく、あと少しで僕は噛みつかれそうだった、のだけれど。
「……ん? なに、この葉っぱ?」
絶妙の、タイミングで。
アイツと僕のあいだに『それ』が。
……とてもとても。
ゆっくりと舞ってきた。
でもいったい今頃、どうしてここに?
「紅葉、だな」
「さすがにわかりますけど!」
いや、言葉が足りなかった。
「紅葉色の、紅葉……」
「なんで? まだ夏だよ、七月だよ?」
アイツのいうとおりだ。
この時期に、これほど鮮やかな葉っぱが。
しかも、一枚だけ?
まるでつい先ほど木から離れたばかりのような、一枚の葉を見つめながら。
僕はなんとなく、わかってしまう。
「……原さんの、落とし物だな」
「え、なに? アンタ、原さんと会ったの?」
会ったし、会話もした。
けれどあれ……。
どうして僕はここに座っていたんだ?
「さっきまで、あっちのお社のあたりにいたはずなんだけど……」
結局高嶺に、サボりのいいわけをするなと怒られて。
予定の遅れを取り戻そうと、必死に砂利の山をならしながら。
僕は原さんとのやりとりを、必死に思い出す。
あ、あれ?
確かあのとき。
……そう。
原さんが僕の『名前』を呼んだあと。
「わしを、見える子と見えん子がいるんじゃ。その『理由』はな……」
どうしても、その続きが思い出せないけれど。
もしかしてアイツには、原さんが見えないのかもしれないと思い。
ただ、見えると見えないの違いがやっぱり……。
僕には、思い出せなかった。