恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない
第三話
「……おい、美也! 大丈夫か?」
えっ?
ど、どうして……。
長岡君が、なぜここに?
「ちょ、ちょっと仁先輩! どうしたんすか急に? あっ……。え……ええっ?」
そんな、バケモノじゃないんだからさ……。驚きすぎでしょ?
えっと、君は確か……。
あ、海原君のクラスの山川俊君、だったっけ?
でも、バレー部のふたりがなぜここに?
「あ、いや。すまん、転びそうだったんで、つい……」
長岡君が、頭をかきながらわたしに謝る。
「う、うん。仁君、あ、ありがとう」
……と、そこまでは。
いや。
……そこまでだけで、よかったのに。
長岡君は、向きを変えると。
海原君に、遠慮なく近づいていく。
「おい! 海原!」
「な、長岡先輩……。お、おひさしぶりです……」
「海原! お前さっき、無理矢理美也を引っ張っただろう!」
「へっ?」
「とぼけんな! そもそもなんでお前が、こんなところで一緒にいるんだ!」
長岡君の声が、大きくて。
周りの人たちが少し、ざわつき始める。
山川君、だっけ? この子は、基本突っ立っているだけで。
同じ部活なら、先輩をとめるとかしてくれないの?
「ちょ、ちょっと仁君! 誤解だってば」
「なんだよ!」
「わたしが勝手に、つまづいたんだって」
「そうやってかばわなくても、見てたからわかるんだよ!」
あぁ……。
いまにも、海原君に手を出してしまいそうな『彼』を見て、失敗したと思った。
そうだ。
わたしは『仁君』なんて、呼んではいけなかったんだ。
……海原君は、わたしが話したから知っている。
長岡君は中学の頃からずっと、陽子に片思いをしていた。
でも、陽子に必要なのは。
恋人ではなくて、同学年の親友だと勝手に決めたわたしが。
長岡君のニセの彼女になって、バレーに集中できるように仕向けてきた。
……そう。
わたしは、長岡君を利用して捨てた。
身勝手な自分を、重ねに重ね。
海原君や、みんなといたくなったから。
……『機器部』に戻って、長岡君を捨てた。
長岡君は偽りの関係も、その終わりも納得はしてくれていた。
でも、きっと。
それはすべて、陽子のためだ。
結局、陽子も手に入れられず。身勝手に振る舞う女が、目の前で転びかけて。
そしてまた、『仁君』と呼んでしまった。
長岡君は、海原君がすべてを知っているなんて思っていない。
わたしは表向き、元カノだ。
でも海原君は、いろんなことがわかるからこそ。
なにもいわず、黙っている。
決して、とぼけているわけじゃないの。
あぁ……。すべてはわたしが、招いた結果だ。
長岡君の、こんな姿を作ってしまったのは。
……この、わたしだ。
「おい海原っ!」
「は、はいっ」
「お前は、美也のなんなんだ? え? なんなんだか、いってみろ!」
……そんなの、海原君が。
答えられるわけ、ないでしょ?
ただの先輩だといえば、長岡君を傷つける。
でも恋人だと嘘をつくことを、海原君はしない。
……だってそれは。
……『わたし』を、傷つけると。
……海原昴『だけ』が、思っているから。
「お願い! 静かなところに移動して。わたしが全部、話すから!」
なにも答えず、耐えてくれている海原君に。
わたしが返せる感謝があるとすれば。
……ただ、ひとつだけ。
少し離れた、築堤の上までやってきた。
もうここなら、ほかの人には迷惑をかけないだろう。
頼りない向こうの一年生は、本当はいないでくれてよかったのだけれど。
そう伝えて、長岡君を刺激してはダメだと思うから。
ここは我慢するしか、ないだろう。
「海原。一方的に大声で、お前を責めたことは謝る」
「いいえ。すぐに答えなかった僕のほうこそ、申しわけありませんでした」
……海原君。謝らせてしまい、ごめんなさい。
ここでいわないと、いけないのはわかるのに。
どうしよう、タイミングがわからない。
いや、違う。
わたしが、口にすればいいだけなのに。
それですべてが、変わってしまうのが……。
わたしは、とてつもなく怖いんだ。
「改めて聞かせてくれ。海原、いったいお前は。美也のなんなんだ?」
長岡君が、彼をまっすぐに見つめて問い直す。
海原君がなにか答えようと、口を開きかけて。
……いまだ、いましかない。
「……片想いなの」
「え?」
長岡君が、驚いた声をあげる。
「美也、いまなんて?」
しかも、もう一度聞き返された。
「わたしが……。わたしが一方的に、海原君を好きになったの……」
もう、もうとめられない。
とめちゃ、ダメだ。
「海原昴君が、好きなの。大好きなの!」
……涙が、出てきた。
「わたしが大好きな人は、長岡君のことを裏切れない。だから、適当なことをいったり、誤魔化したりしないの!」
……おまけに、心がとっても痛い。
「こんな形でいいたくなかった! 伝えたくなかった!」
……涙が、とまらなくて。
「でもそうしないと、この場は収まらないでしょ? だって、わたしの大好きな人は……。わたしを好きだと、嘘をつけないの!」
……目の前が、なにも見えない。
……もう、海原君を、怖くて見られない。
「だから、わたしがいってるの。そうしないと、海原君を傷つける」
……これで、最後だ。
「だからいいたくないけど! これはわたしの受けた罰なの! ふたりともごめんなさい! 長岡君、ごめん。海原君、ごめん、ごめん!」
もう、声が出ないよ……。
「お願いだから、許して……」
枯れた声が、最後に少し出て。
立っていられずに、その場に崩れ落ちようとした、そのとき。
……誰かが、わたしを力強く抱きしめた。
あぁ、聞かれてしまった。
わたしより少し背が低くて、わたしより華奢で、わたしより年下だけど。
わたしより、ずっとずっと。
わたしの大好きな人に、ふさわしい女の子。
やっぱり現れるんだね、あなたって……。
柔らかな風が、川から堤にあがってきて。
とても控えめだけど、いい香りがして。
わたしは、この女の子に救われたと思った。
「……もう、よろしいですか?」
わたしを包んでくれている女の子が、そう聞くと。
「わ、悪かったふたり。というか、さ、三人か……」
「し、失礼します!」
長岡君ともうひとりが、その場を離れようとして。
……そのとき。
「長岡先輩。なにも答えず、すいませんでした!」
とてもまっすぐな声が、あたりに響いた。
「お、俺のほうこそ、悪かった……」
「すいませんでした!」
その声は、どこまでもわたしの心の中に染み渡って。
わたしは、改めて。
……その男の子が大好きなんだと、わかってしまった。
声の余韻が。
少し日の傾きかけた夏空と、ほどよく馴染んだころ。
……わたしを抱きしめていた力が、やわらいだ。
「まったく。合宿の成果、ここで発揮する必要ないじゃない……」
えっ、あなたって……。
いま、それいうの?
「……そう思いませんか、『美也ちゃん』?」
わたしがそのやさしい声につられて、顔を上げると。
やや物憂げで、ほんのり潤みがちで。
どこまでも澄んだ、藤色の瞳の女の子が。
……わたしをまっすぐに、見つめていた。
「本当だね。海原君って、そういう感じだよね……」
涙を拭いながら、わたしが答える。
「……少し、違いますよ」
「え?」
「わたしには、まっすぐな女の子の声も。同じくらいよく、聞こえていました」
涙がまた、溢れ出す。
すると三藤月子は、もう一度。
なんの迷いもなく、わたしを力強く抱きしめた。
……ぞろぞろと、わたしの大好きな子たちがやってきたのが。
顔を上げずともその気配でわかる。
ここは勇気だ。
わたしだけが、三年だから。
なにか、なにかいわなけらば。
「いまは、力を抜いてください」
「えっ?」
「いいんです。わたしが、ついています」
……あぁ、この女の子にはかなわない。
「『月子』、ありがと」
「どういたしまして」
それからみんなが、わたしを、抱きしめてくれたけれど。
ただしこの輪は、今回も。
いつもと同じく、『女子限定』だった。
……日が、さらに傾いた頃になって。
わたしたちを見守ってくれていた彼の、遠慮がちな声が聞こえてくる。
「あの……。そろそろ、団子固くなりますよ……」
「アンタさぁ! こんな美人の公開告白聞いといて、なに考えてんのよ!」
「えっ……」
「昴君だよ〜。気がきくわけないよ〜」
「お姉ちゃんとして、情けなさすぎる!」
「海原くん……。絶望的ね……」
そうか、わたし。
大胆にも『公開告白』なんてしちゃったのか……。
改めて、そういわれると。
なんかだかもう、笑うしかないよね……。
……みんなで食べた、お団子の味は。
正直、ちっとも覚えていない。
でも、夕陽を眺めながらみんなで一緒に食べたのだから。
それだけで十分なご馳走だったのだけは。
いつまで経っても、忘れない。