恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない

第二話


「……ところでこのお祭りって、どこまで続いてるんですか?」
「えっと。川の向こうの神社まで、かな?」
「『神社』、ですか……」
 都木(とき)先輩に質問した僕は。
 ふと高尾(たかお)響子(きょうこ)藤峰(ふじみね)佳織(かおり)のふたりを、思い出す。

「ねぇ。いまみんな。響子先生のこと思い出したでしょ?」
 玲香(れいか)ちゃんがいうと。
「『ついで』に、佳織先生もね……」
 高嶺(たかね)が余分な言葉を添えて、返事をする。
 お前、バレたら英語の点数ゼロにされるぞ……。
「じゃぁ……。先生にお土産買っていく?」
陽子(ようこ)先輩! お守りとか、かわいいの探しません?」
 おいお前、頭の中は大丈夫か?
 神社の娘に、お守りが土産になるのか?

「だってこの前、高校のときカバンにい〜っぱいつけてたって」
「そうそう! つけすぎてなんか、『親友』にあきれられてたって笑ってた」
 ……ん?
 それって、藤峰先生のことだよな?
 でもあの人、一緒になってジャラジャラつけてそうだけど……。
「まぁいいわ。ライバルの偵察だと思えばいいのね」
 三藤(みふじ)先輩、妙なところでズレていませんか?
 結局、お守りは買うんですか?

「ねぇ! あれ見て!」
 い、いきなり耳元で叫ばないでくれ。れ、玲香ちゃん……。
「あそこ、和菓子屋じゃない? みたらし団子買いにいくっ!」
 ワンピース姿は、極めて機動性が高いらしい。
「ちょっと、いきなりいかないでよ!」
 ついでに、制服だと動きも軽くてよい。
 三藤先輩が、急いで玲香ちゃんを追いかける。
「う〜ん。何本くらいなら入るかなぁ……? まだ他にもお店、あるよね……」
 ブツブツいいながら、アイツが無限の胃袋のアップを始めて。
「……仕方ないなぁ」
 春香(はるか)先輩、いや(自称)姉もあちらにいってしまうと。

 ……都木先輩と僕のふたりが、残された。


「ねぇねぇ、すっごく美味しそうだけど、行列もすごいの!」
 (自称)姉が、戻ってきて。
「先にいっといて!」
 再び慌ただしく、消えていく。
 あのー。
 先にって、どこにいけばいいんですか?
 まさか本当に、神社の偵察とかじゃないですよね?

「……えっと、確か花火」
 おぉ、都木先輩っ!
 なんかお祭りに花火なんて、夏の『定番』ですよね!
 もしかして、先にって。
 場所取りとかですか?
 花火あるんですか、今夜?
「ここ、やらないんだよねぇ……」

 えっ、そっちかい……。


 ……花火が、ないせいか。
 それとも、ここも『あの』神社と同じなのか。
 先のほうに向かうにつれて、人の数が減ってくる。
「どんどん人が減りますよね、って。あれ?」
 いつもなら、スタスタ歩く都木先輩が。
 なんだか歩みが、遅い気がする。

 もしかして。
 先輩もお団子、並んで食べたかったのだろうか?
 神社、ひとりでいったほうが? だって偵察だもの。
「ち、違うよ! 足が、ちょっとね……」
 そういわれて、あぁなんだ。
「下駄というか、前坪(まえつぼ)ですね」
「えっ?」
「鼻緒と、前坪です」
 僕はそういって、少し脇に寄ると。
 ふたりでちょっとしゃがんで、先輩の足元を見ながら話しを続ける。
「えっと。上から擦れると痛いのが鼻緒で。それで、この指のあいだに食い込んで痛そうなところが、前坪です」
 サラリといってから、うわっ。
 確かに、ちょっと痛そうだ。すいません、気づかなくて……。

「へぇ〜。鼻緒は知っていたけれど、そこを前坪っていうんだ」
 先輩は、感心したように僕を見て。
海原(うなはら)君は、よく知ってるね」
 なんだかうれしそうに、ニコリとほほえむ。
 いやいや。これはつい先ほど、仕入れた知識なので……。


 ……僕は、先ほどの列車の中で。
 三藤先輩が、不機嫌ながらも。
 高嶺の足元を心配していたときのことを、思いだす。
「このままだと、すぐに痛くなるわよ。ちょっと貸しなさい」
 そういって先輩は、手際よく調整しはじめて。
「月子ちゃん、さすが」
 玲香ちゃんが代表して、感想を述べてくれた。
「ほんとだ! なんか痛くないです!」
「走るのは、やめさないよ」
「もう走りませんってば! でも……。ありがとうございます」


「……そんなやりとりがあったんで、僕も初めて知りました」
「そ、そうなんだ……」
「いやぁ三藤先輩って、色々知ってますよねー」
 そういって、僕は。
 決して自分の手柄ではないんだと、説明したのだけれど……。



 ……その瞬間。
 わたしの胸に、なにかが突き刺さった。
 お団子の串じゃない。
 もっと鋭くて、心の奥に突き刺さるものだ。

「ねぇ、海原君……」
「はい?」
「いまは、ほかの子の話題とか。出さないでもらえないかな」
 しまった!
 わたしは、口にしてから。
 やや怒気を含んだセリフだったと、気がついた。
 ……彼に悪気なんて、一切ないのに。

「あぁ。すいませんでした……」
 海原君は、バツが悪そうに笑ってくれたけれど。

 ……あなたはいま、いったいなにを考えましたか?



 ……都木先輩、機嫌悪いのか。
 やっぱり団子、食べたかったのかなぁ?
 それとも足が痛いのに、気づかず歩かせてしまって。ちょっと怒ってるのかな?
 そこまでして、神社の偵察をする必要はないだろう。
 素直に謝って、お店のほうに戻ろう。
 お土産もなんとかなる、別にお守りじゃなくても大丈夫だろう。
 なにより、みんなと合流すれば。
 都木先輩もきっと、気楽になれるはずだ。

「先輩、足のことに気がつかなくてごめんなさい」
「あ、あのね……」
「戻りませんか?」
「えっ?」
「それで、みんなと団子食べませんか?」



 ……ちょ、ちょっと待って、海原君!
 違う、そうじゃないの。

 そんなんじゃないの!

 たまたまだけど、いまはふたりなの。
 ふたりで、いられるんだよ?

 お団子は好き。
 みんなも好き。
 でもいまは、ふたりで歩こうよ。

 いまにも歩いてきた道を戻りそうな、海原君を見て。
 慌てて、わたしは。
 彼のシャツの裾に、手をかけた。


 だだ、少し遠かったのと。

 慣れない下駄のせいで、バランスを崩しかけて。


 ……そのとき。

「先輩!」
「危ない!」


 ……あれ?

 海原君と、海原君じゃない声がして。

 海原君の腕と、彼よりもう少し太い腕が別々に。


 ……わたしの体を、支えていた。


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