恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない

第四話


 三藤(みふじ)月子(つきこ)が、ゆっくりと教室に入ると。
 わたしの机を、静かに前に移動させる。

「お待たせ、遅くなってごめんね。玲香(れいか)ちゃん、立てる?」
 春香(はるか)陽子(ようこ)が、スッと前に出て。
 やさしい笑顔を添えて、手を差し伸べてくれる。


 月子ちゃんは、丁寧に机を元に戻すと。
 同級生たちの顔を、ひとりひとりゆっくりと眺めていく。
「同じクラスにいながら、これまでお話ししなかったことは……」
「えっ……」
「わたしにも非があるかもしれないので、ごめんなさい」
「あの……」
「ただ、わたしをダシに。わたしの『親友』の悪口をいうのは」
 月子ちゃんが、わたしにチラリと目を向けると。
「今後は二度と、やらないでもらえないかしら?」
 そういって、静かにわたしの肩に。

 ……その白い右手を、のせてくれた。


「ご、ごめ……」
  そういいかけた子に、三年生が邪魔をしてくる。
「ちょっと、なに勝手に……」

 今度は陽子ちゃんが、三年生の前に出る。
「わたしの知っている三年生は、下級生の見本になろうとしてくれます」
「え……」
「それに上級生だからと、一年生にだって無理強いはしません」
「ちょっ……」
 月子ちゃんが、もう一度。
「それに、過去のことを。誰も責めたりはしません」
 そこまでいったあと、ふと思い出したように。
「もし、みなさんがイジメの犯人で転校したあとに」
「犯人? 転校……?」
「わたしが次の学校の子たちにいいふらしたら、喜んでくださいますか?」


「……あとさぁ。他人の恋愛事情に、口を突っ込まないで欲しいんだけどなぁ」
 いつのまに、現れたのだろう?
「なんだったら、長岡(ながおか)君へのアピール材料として」
 美也(みや)先輩が、うしろの壁にもたれながら。 
「バスケの三年女子って。こんな青春してるんだよって、教えてあげたらいい?」
 青春の桁が違うんだって顔で、相手の三年生たちを黙らせる。

 今度は突然、廊下中に叫び声が響き渡る。
「きゃー! オマケが叫んでるよー! キャ〜!」
 なにそれ?
 わざとフラットだけど、すんごい大声……。
 由衣(ゆい)ちゃん。廊下でふざけてない?

「きょうのオマケは、声が小さいわね」
「えっ?」
「普段だったら、特別棟の向こうの校庭からも苦情がくるレベルよ」
「ウソっ……」
 月子ちゃんがいうと、二年生の顔がひきつっている。

「じゃぁ月子、やり直すようにいってこようか?」
「陽子とふたりで、やってきてもらえるかしら?」
「ちょ、ちょっと……」
 別の誰かも、うろたえる。


 ……えっと、これで人数では九対五だけど。

 きっとそういう問題じゃないんだよね、(すばる)君?


「遅くなりました。ちょっと探していたので、すいません……」
 九人全員が、声のしたほうを振り向く。
 そうだよ、みんな見てよ。
 これが『一年のくせに』。
 わたしたちの、自慢の部長。

 昴君が、失礼しますと律儀に一礼してから教室に入る。

「えっと、女子バスケ部のかたですよね?」
「そ、そうだけど……」
「放送部部長の海原(うなはら)(すばる)です。早速ですが部員が転部する場合の手順を確認します」
「えっ?」
「まず、赤根(あかね)玲香(れいか)さんの入部届に……」
 そういうと昴くんは、仰々しくバインダーを開き、『わたしの』届けを出す。
「退部届をつけて。次に転部届と、あとそちらの入部届を出す必要があります」
「え? そうなの……」
「ほかの部のことは、よくわかっていなくて申しわけありません。でも放送部は色々と、手続きが多いんです」
 それ本当なの、昴君?
「いやぁ、覚えるのに苦労しました。でも『委員会』の資料よりは簡単ですよ」
「い、委員会……?」
「部長会とか、体育祭・文化祭の調整とかですけど? 放送部の部長が司会なんですが、仕切りきれないとご迷惑をかけるので。これを機に、そちらで引き継いでいただいても……」
「そ、そういうのは……」
「あと、恐縮ですが」
「ま、まだあるの?」
「転部の理由をヒヤリングして、将来の後輩のために残したいんです」
「ええっ……」
「ほら、先輩が怖いとか。無理になにかさせられたりとかだと。その先の学校生活が、ちっとも楽しくないですから。記録に残さないと」


 完全に、昴君に押されている三年生が、それでも。
「ちょ、ちょっと! 一年なのにさぁ……」
 無理矢理、反論しかけると。

「学年の問題かしら?」
「なんて?」
「三年生は、存在するだけでえらいんですか? わたしたち二年生は、絶対に従わないといけないんですか?」
 月子ちゃんが、一歩前に出る。
「一年生でも、彼はわたしたちの部長です。それでなんの問題もありません」
 陽子ちゃんが、隣に立つ。
「ねぇ。わたしはあなたたちと同じ三年だけどさ」
 美也先輩も、ふたりに並ぶと。
「わたしは、海原部長がちゃんと部員のこと考えて動いてくれるから、それに喜んで従ってるよ。あと、とっても頼りにしてる。おまけに、海原君ってね……」
 えっと……なんだか。
 ただの部長『以外』のニュアンスが、入っている気がするけれど……。
 ちゃんと『姉宣言』、有効なんだよね?


「……ねぇ、嫌なことは、やめない?」
 陽子ちゃんが、同級生たちに語りかける。
「な・か・よ・し、楽しいよー」
 由衣ちゃん、うるさいから!


 ……九人が、沈黙した。


「あの……。赤根さんの件が勘違いでしたら、ごめんなさい」
 昴君は、そういうと。
「お先に、失礼します。また委員会とかで、いじめないでください」
 律儀に一礼して、教室を出る。
「う・な・は・ら、待て〜」
 はいはい。
 ありがとね、由衣ちゃん。

「もういいでしょ? 三年同士、帰ろっか?」
 美也ちゃんが、四人を連れて部屋を出る。
 なんかすっごく、格好いいよね。



 ……月子ちゃんと、陽子ちゃんとわたし。
 これで五対三。
 だけどもう、そんなんじゃないよね。

 さて。どうやって、幕を下ろそうか?
 わたしが傷ついたことなんて、どうでもいいけれど。
 あの三年を含め、ほかのみんなをバカにしたことはまだ許せていない。

「わたしは『玲香』を含めた、ここにいるみんなに話しかけたのだけれど……」
 月子ちゃんが、また口を開く。
「だからせめて感想くらいは、聞かせてもらえないかしら?」
 ……って、なにそれ?

 思わず、陽子ちゃんの顔を見る。
「へへっ……」
 えっ、その笑顔は……。 
 そうか! そうだよね!
 放送部の仲間は、『過去のことを、誰も責めない』。
 それでいいんだ。

「……部活、誘ってくれてありがとう。うれしかった」
 五人が驚いた顔で、わたしを見る。
 そう、これでいいんだ。
「でも、わたしは放送部に入りたいの。だから、ごめんね」

「ごめんなさい!」
「わたしも!」
「ごめんね!」
 ひとりが、いいいだすと。
 口々に全員が、ごめんなさいと謝り続ける。
 えっと……。
 こういうときは……。

「困ったときは、なんでもいいわ。話しかけてくれていいからね」  
 また、月子ちゃんが助けてくれた。
 だからお礼に、わたしは……。
「そうそう! すっごく無愛想で、皮肉とか小言すごいけれどね!
「……えっ?」
「『月子』ってたまにはやさしいよ! 黙っといたほうが、絶対美人だけどね!」
「ちょ、ちょっとあなた……」
「あと『陽子』もね! 天使みたいな顔しときながら、ドス黒いとこがあってね!」
「あのさぁ……」
 気がつくと、微妙な顔で。
 ふたりが両側から、わたしのスカートを引っ張っている。
 え?
 いまもしかして、わたしって……。

「副部長権限で。あなたの退部届出すよう、海原くんに掛け合ってくるわ……」
「わたし、『玲香』は『除名』でもいい気がする」
「え、えっ! ちょっと月子、陽子!」
「名前呼び禁止!」


「あ〜あ。ふたりともいっちゃったね……」
 わたしを置いて、ふたりが消える。
「あ、いいのいいの!」
 半分はワザとだろう。
 いや、でもそうしたら残りの半分は怒ったことになるの?

「もう、悪口とかやめるね」
「約束する!」
「三年生にも、いってみる!」
 そう、この結末のために。
 みんながわたしを、助けてくれた。

「放送部って、仲いいんだね」
「ちょっとうらやましい」
 誰かがいって、ほかの子たちが何度もうなずく。

「まぁね! 部長がいい味だしてるんだ。わたしの幼馴染なんだけどね……」
 その瞬間。
 みんなの目が、別の意味で女子高生のようにキラリと光った。

「え、なになに?」
「でさ、いったい誰が『彼女』なの?」
「もしかして、意外とあの子とか?」
「えー、絶対ドロドロだよ!」
「まさか、『玲香ちゃん』だったりする?」

 えっと、そ、それだけは。
 うちの部活じゃ。こ、答えようがないよ……。
 その話題『だけ』は。
 みんなではまだ、できないんだよぉ〜!



 ……始業式の日。
 『情報屋』の山川(やまかわ)(しゅん)が、『ふたつ目』のとっておきとして。
 女子バスケ部と僕の部活のあいだに、不穏な動きがあると知らせてくれた。
 その日の午後。
 藤峰(ふじみね)先生が、僕にテキストを運ばせながら。
「うちのクラスじゃないけどさ。前にね……」
 部内での嫌がらについて、ちょっとした相談を受けていたことも判明して。

「『丘の上』の誇りにかけて。玲香ちゃんを守りなさい」
 いつものウインク付きなのが、余分だけれど。
 こうして密かに、対抗策が準備された。


「……ところで、ねぇ昴君。わたしって入部届書いたっけ?」
「い、いや……」
「だよねぇ。じゃああれって?」
「はい! わたしです」
「由衣ちゃんが?」
「だってコイツが、どう見ても男文字で書くから。バレないようにやりました!」

 得意げだった由衣ちゃんが、ご機嫌に講堂の機械を調整にいったあと。
 昴君がこっそり、教えてくれた。
「正直、叫ぶだけの役しかない高嶺をなだめるのが、一番の難関だったんです」
「で、入部届け書いてもらったの?」
「スパイの真似だといって、重要任務だぞって……」
 わたしは、ちょっとだけ由衣ちゃんに同情した。

「三年の連中も反省してたよ、ありがとう!」
「『美也ちゃん』、ありがとう!」
「そ、それはいいんだけどね……」
「えっ……?」
 振り返ると、月子と陽子と、目が合って。
「は、反省します……」
「そうね、それが重要ね」
「そうだよ、玲香!」
 そんなやりとりがあって、わたしたちは『また』、仲良くなった。



 ……蛇足ながら。
 このあとしばらくして、二年一組は、ふたつにわかれた。
 美人が多くて浮かれている男子たちと、仲良しの女子たち。
 
 訂正しよう。
 こうしてふたつに、『まとまった』。


「……いいなぁ、一組」
 そんな評判が、二年生中に広まって。

 それから、数年もかからずに。
 藤峰(ふじみね)佳織(かおり)高尾(たかお)響子(きょうこ)といえば。
 誰もがそのクラスに入りたいと思う、憧れの先生たちとなる。


 ちなみに、そのまた未来に。
 ある先生が、その秘訣を尋ねると。
 本人たちはいつも同じことしか、いわなかったそうだ。

「だって、クラスをつくるのはね……」
「クラスのみんなだよ!」


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