恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない
第三話
二学期が始まって、三日目。
二年一組の帰りのホームルームが、二十分ほど終わるのが遅くなる。
理由は、文化祭でクラスの出し物をするか否かで対立があったからだ。
昨日一旦、やらないと決まったはずが。
数人の女子がやっぱりやりたいといい出して、話しを蒸し返した。
「まだ最終提出までは時間があるので、みんなで考えてみたら?」
佳織先生はそういって、職員会議にいくために先に退出する。
仕方がない、という顔で。
学級委員のふたりが女子の意見を聞く。
だけどわたしは、別のことを考えていた。
別にあの女子たちは、積極的にやりたいわけではない。
ただ、なぜかきょうのホームルームの終わりを遅らせたくて。
その時間稼ぎを、しているだけ。
ほかのクラスはとっくに部活なり、帰宅なりしていて。
廊下は静けさを取り戻している。
あの女子たちは、まるでその頃を見計らったかのように。
「やっぱいいや。やるのやめとくー」
そういってあっさり、提案を下ろした。
部活などのある生徒などが、急いで教室を出る。
陽子ちゃんと、月子ちゃんとは。
それぞれ別の用事があるというので。部室で落ち合う約束をして、一旦別れた。
……気がつくと、教室には。
わたしと、あの女子たちが残っているだけだった。
一番しつこそうな子がいないのが、気になったけれど。
答えはすぐにわかった。
……なるほどね、そういうことか。
背の高い三年生四名と、あの女子たちで合計九人がわたしを囲むと。
同じクラスの女子たちが、かわるがわる声をかけてくる。
「じゃぁ、いこっか?」
「どこに?」
「えー。部活だよー」
「どうして?」
「だってさぁ。この前誘ったでしょ?」
「断ったと思うけど」
周りが少し、イライラしてきているのがわかる。
でも一番イライラしているのは……。
もちろん、このわたしだ。
三年生が、近づいてくる。
「あのさぁ、わざわざきてあげたんだけど? 練習いかないの?」
「練習って……。そもそも何部なんですか?」
「バスケだけど?」
「すいません。わたし、興味ないんで」
そう答えて、カバンを手に席を立とうとすると。
誰かが椅子を抑えてきた。
「この子のいきたいとこ、なんだっけー?」
「えーっと? 先輩、確か『機器部』とかいってましたけどぉー」
一番しつこそうな子が、わざとらしく口にする。
「あぁ、あそこね。そんなに部員いらないでしょ?」
「一学期にもさぁ、隣の男子バレーから三年引っこ抜いたし」
「で、二学期にも追加とか? いらないよね?」
……どうしてこの人たちは、わたしにからむんだろう?
わたしには、そこがよくわからない。
「わたしさぁ、聞いちゃったんだよねぇー」
「そうそう、あなた『坂の上』でトラブったんだって?」
「いきなり放送部とかいうから、友達いるから聞いたんだ。そしたらさぁ……」
なるほどね、くだらない。
「ここの『機器部』なんてさぁ」
「しゃべらないとか、愛想だけはいいとか、そんな子しかいないよ?」
「あと、長岡君に迷惑かけた三年とか? ちょっとかわいいからってないよねー」
あぁ、バカにしたりしたいだけんじゃなくて。
……嫉妬まであるのか。
ほんと、つまんないの。
「おまけに一年生が部長とか。なにもわからないくせに仕切るとか、ないわー」
「おまけといえば、一年に女子のオマケももうひとりいるらしいですよー」
あぁ、醜い人たちだ。
あなたたちなんかに……。
わたしの大切な仲間を、汚されたくない。
「ま、そういうことで。うちらでしっかり教えてあげるから、ついてきなよ?」
「どうしてですか?」
「だって、あんな連中と一緒にいたって、仕方ないでしょ?」
口では、負けない自信がある。
でも、なにか問題を起こして。
……みんなに迷惑は、かけたくない。
三年生たちが、わたしにとどめを刺そうとする。
「黙って、一緒に仲間になりなよ」
「あんな子たちに、こだわる必要なんてないよ」
「そうそう、わたしたちと一緒にいたら、学校楽しくなるよー」
あぁ、情けない上級生たちだ……。
もうため息さえ、出ない。
わたしは、同じクラスの子たちだけを見て話し出す。
「ねぇ、この先輩たちと一緒にいて、楽しい?」
「は?」
「自分たち以外をバカにして笑う人たちといて、楽しい?」
「えっ?」
同級生たちは一瞬ひるんだようだ。
少し慌てたようすで、三年生が割って入る。
「あのさぁ。強がっていたいんだったら、仲間にならなくていいけど?」
「その代わり学校がつらくなっても、あんたの責任だから」
「前の学校と同じじゃ、つまらないだろうからね。覚悟しといて」
……『坂の上』のときのことが、一瞬頭をよぎった。
仲間を助けたはずが、中途半端になって、その仲間にも裏切られた。
先輩も、助けてはくれなかった。
二年生になってからは、後輩にも軽く扱われてきた。
……あんな思いは、もうしたくない。
強がってきたけれど、二度目だけは、絶対に嫌だ……。
少し、胸が苦しくなってきたのは。
忘れたはずの出来事を思い出したからだろうか?
それとも、別のなにかなのだろうか?
「どうしたの?」
「さっきまでの勢い、なくなっちゃったんじゃない?」
……嫌だ。
意地悪な声が、頭の中でどんどん大きくなっていく。
「ねぇ赤根さん、悪いと思ったんなら自分でいいなよ……」
同じクラスの子のひとりが、見かねて声をかけてきた。
「ちょっと、なに勝手に声かけてんの?」
「ご、ごめんなさい……」
「まさかと思うけど、なにかわたしたちにいいたいこととかあるわけ?」
「そ、そんなことは特に……」
「そうだよねぇ、だったら、勝手なことしないでくれる?」
「ご、ごめんなさい……」
……目の前で、過去の自分を見ている気がした。
助けたいけれど、助けられない。
そして結果として。
この子が今後、嫌な思いをするかもしれない。
……あぁ、いったいわたしはどうすればいいんだろう。
部活のみんなに、迷惑をかけられないし。
この子を助けることも、できそうにない。
なにより、予想外に。
自分の心がまた苦しくなるなんて、これっぽっちも思っていなかった……。
「じゃ、そういうことだから」
「あとはあなたの責任だね」
わたしは、うなだれたまま。
なにも、いい返せない……。
「……そうね。学校生活がどうなるかは、本人の責任が大きいわ」
……え?
いまの、声って?
「忘れ物を取りにきたら、なんなんだろうねぇ……」
……まさかね、ウソ?
わたしが、顔をあげると。
教室の扉の前には、『あのふたり』が。
……わたしを、見ながら。
余裕の笑みを、浮かべていた。