恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない

第六話


「もしかして、昨日の委員決めに関してですか?」
 僕は『だんごヘア』に、とりあえず聞いてみる。

「……どうしてそんなことを、思ったの?」
 いきなり目の前の先輩が、ウルウルした目で僕を見る。

「しょ、書記決めのときに……。手を挙げて、すぐ下ろしたので……」
「それはいいんです。だって、わたしを見つめてくれたから……」
 なんですか、その乙女みたいな感じ?

「いや、思いっきり目をそらされたと思うんですけど……」
「あなたの思い違いだよ、海原(うなはら)(すばる)君」
 どうしてそんな低い声で、僕のフルネームを……。

 ふたりで、並木道を歩きながら。
 そうか、この人は『演劇部』だったと思い出す。
 その変化自在な、声芸に付き合っているうちに。
 玄関に到着したので、これで解放されると安心したも束の間。


「逃げないでね、すぐ戻るから!」
「え?」 
 ものすごいスピードで、上履きに履き替えて。
 あっというまに『だんごヘア』が、目の前に戻ってくると。
「じゃ、いこっか!」
「えっ?」
 僕の腕を、両手でつかんだ『だんごヘア』が。
 そのまま一年生の教室が並ぶ廊下へと、進みはじめる。

「ちょ、ちょっと待ってください!」
「どうしたの?」
「いや、二年生ですよね? 教室、三階ですよ。この階段、のぼるんですよ!」
「あぁ〜」
 え、なに?
 なにそのニヤケ顔?
「もぅ。わたしの教室にいきたいの? どうしよう、キキ困っちゃう……」

 あ、頭が頭痛する。
 ず、頭痛が痛い……。
 いったい、なんなんだこの人は?
 僕たちふたりをうかがうようにしながら、生徒たちがとおり過ぎていく。
 まずい、も、もし知り合いにでも見られたら……。
 い、命がいくつあっても足りなくなる……。
「じゃぁ、約束して!」
「へ?」
「お昼休みに、また会おうねっ!」
「ちょ、ちょっと……」
波野(なみの)姫妃(きき)、キキだよ。ねー、う・な・は・らくん!」


 恐怖の『だんごヘア』は、そう一方的にいい切ると。
 ほかの生徒の合間をぬって、階段を駆け上がる。
 ……残された僕はふと視線を感じ、周囲を見回す。
「朝から、アツいねぇ〜」
「学年差カップルかぁ〜」
「あれ? でも彼って確か……」
 三年、二年、一年……。
 数はそれほど、多くないけれど。
 目撃者の熱い視線が、僕に集中する。
 と、とりあえず、こんな場所に長居は不要だ。
 僕は、『敵』の正体を探る手段を考えながら。
 自分の教室へと早足で移動すると……。

 一年一組の、扉をあける直前に。
 貧乏神、じゃなくて。
 おあつらえ向きの人物が、声をかけてきた。


「よう! カイハラ!」
 僕の苗字は、海原(うなはら)だけど。
 も、もしかしたら……。
 救世主なのか? 山川(やまかわ)(しゅん)
 ……残り時間は限られているが、もしかしたら、山川ならいけるかも。
「なぁ、頼みがある……」

「どうか昼までに、頼む! 報酬はこれだ」
 果たして。
 人はカレーパン一個で、どれだけ他人のために働けるのか?
 いま、僕の中では切実で。
 割と壮大に聞こえる社会実験が、開始された。



「へい! カイハラ」
 三時限目が始まる前に、妙な呼びかけをしながら山川がやってくる。
「で、例の件なんだがな……」
「う、うん」
 ……ふと、至近距離に獣の気配を感じる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、山川。それと高嶺(たかね)……」
「ん? なによ……」
 いまは……。髪の毛当てんな、それと鼻息を……などといって。
 アイツともめている余裕はない。
 ここは仕方がない。すまん、山川!

 僕がいつになく、真面目な顔で高嶺を見て。
 やった! さすがのアイツも一瞬ひるんだ。
 間髪入れず僕は、高嶺の耳の近くに手を伸ばすと。
 いかにも大事な案件だという、フリをする。
「実は、山川がな」
「な、なによ……」
「……オリジナル恋愛ソングの、歌詞を読んでくれっていってきた」
「うぇっ……」
 効果は、抜群だ。
 高嶺が、すでにバイキンにでも触れたような顔になる。
「僕も嫌なんだけど……。誰かがやらないと。……慈善事業なんだよ」
「わかった。ごめん山川! 邪魔しないからっ!」

 いますぐにでも、手でも洗いたくなったのだろう。
「ないないないない! なにも聞いてない聞こえない、うわぁこわぁ……」
 不思議な呪文を、小声で唱えながら。
 アイツが急いで、教室を出ていく。
 山川は不思議そうな顔だけれど。
 邪魔者は、これで当分近寄らない。すまん山川!


「高嶺さん、大丈夫か?」
「おななが空いただけだろう、心配ない」
「そうか。女子って、わかりやすいな」
 ……意味のわからない感想だけれど、あえて指摘するのはやめよう。
「それはいいから、頼む」
 僕がそういうと。山川が恐ろしく汚い字のメモを、仰々しく読みあげる。

「演劇部副部長、波野姫妃」
 ふーん。
「身長、俺マイナス約十五センチ。体重不明、多分四月生まれ」
 よくわからんし、どうでもいいぞ。
「小動物系のかわいさ」
 小動物って……イグアナとか、カメ? なんだか、微妙なほめかただな……。
「二年五組」
 一組しかわからん。いや、むしろあの学年は、一組だけで十分だ。
「バレー部で振られた人数、七名。しかも全員瞬殺」
 か、かわいそうに……。

 しかし、振られた人数が七人って?
 山川がニヤリとした顔を僕に向ける。なんか、こういうの好きなんだな、お前。

「参考までにな、三藤(みふじ)パイセンと春香(はるか)パイセンも、同じ数だ」
「……こんなところで、わたしの名前を出さないでもらえないかしら?」
 あぁ、そんな声が聞こえてきそうだ。
 そういう情報は、知らせないでくれ!
「ちなみに、基本男子とは話さないらしい」
 えっ、またそのキャラなの?
 なんなんだ、二年生?
「人呼んで、二年の演劇女子」
 ほとんどそのまんまだろう……。
 それ多分、いま考えただけじゃないのか?


「……まぁ要するに」
 ヘボ探偵が、妙に得意げな顔をして僕を見る。
「平民の俺たちが、相手になるような女子じゃないってことよ」
 ……なるほどねぇ。
 で、どうした山川?
 今度は、鼻の穴がヒクヒクしてるけど?
「す、すいませんでした! し、師匠……」
 なんだよ? いきなり、どうしたんだ?

「ねぇ、海原君……。海原君ってば……」
 近くの女子が、小声で僕を呼んでいる。
「どうかした?」
 僕は、その女子のほうに振り向いて。
 ん?
 その指先が恐る恐る廊下に向いて……って!
 ゲゲッ……。


 廊下から、『藤色』の怒りのオーラが僕を呼んでいる……。

「じゃ、じゃぁ約束のカレーパンを……」
「さらば山川。生きて帰ったら、渡すからな……」

 すまんがこれ以上、一秒でも遅れたら流す血が増えるだけだ。
 僕は、カレーパンを『早弁』できず。
 涙を流しそうな山川を置き去りにすると。

 ……恐怖に怯えながら、廊下に出た。


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