恋するだけでは、終われない / 告白したって、終われない

第十三話


「……海原(うなはら)くん」
「はい?」
「そろそろ、ステージに立ってもらえないかしら?」
「へ……」
「そうそう、アンタさぁ! いいから、出てきなよ!」

 三藤(みふじ)さんと、高嶺(たかね)さんが。
 舞台袖にいた海原君を呼び出す。

 彼が少し迷惑そうな顔をしながら、わたしの近くにきてくれる。

 ……きちんと、謝らないと。
 怒られても、仕方がない。

 そう思った、わたしは。
「海原君、あなたを利用してごめんなさい」
 そういって、頭を下げたのだけれど。
「あ……。別にいいですよ」
「お、おい。勝手に……」
 なんと本人より、先に。
 最前列に座る、高嶺さんが。
 ……わたしを、許してしまった。

「まぁ(すばる)君だから、仕方ないよねぇ〜」
 その隣に座る赤根(あかね)さんが、追い討ちをかけると。
 海原君はふたりのほうを向いて、大袈裟にため息をついてから。
「まぁ……。別に僕は、構いませんよ」
 今度はわたしに向かって、そう告げる。

「えっ、それでいいの?」
 いくらふたりに、いわれたからって……。
 わたしを怒ったり、しなくていいの?

「まぁ、もういいですよ。ただ、波野(なみの)先輩。なんかもったいないですよ」
「えっ、なにが?」
 驚くわたしに、彼はこともなげに。
「それならそうと、最初からみんなに相談してくれればよかったじゃないですか」
 そ、そんなあっさりといえてしまうこと?
 あなたたちに、なにの利益もないことだよ?


 ……そうか。
 わたしは突然。彼とのやりとりを、思い出した。
「部活って、そんなに大事なの?」
 わたしのそんな質問に、彼は……。
「もう、体の一部みたいになっちゃった、みたいな感じですかねぇ」
 確かに、そう答えてから。
「波野先輩は、どうですか?」

 ……わたしのことを、聞いてくれた。


「……部活が大事で悩んでいるのなら、少しくらいお役に立てたのに」
 海原君は、わたしにそういってから。
「あ……」
 一瞬、観客席を見て。
「ただまぁ、劇のセリフは……。僕じゃなくて、ほかのみなさんに聞いたほうが。きっといいですけどね……」
 なんだかちょっといいにくそうに、付け加えた。


 その、微妙な笑顔を見て。
 やっとわたしは気がついた。


 いま、わたしは。

 舞台と客席、ここにいるみんなすべてと。
 もしかしたら、ひとつにつながっているのかもしれない。


 ……どうしよう。
 ずっと夢見てきたものが。
 いま、この場でかなっているのかもしれない。



「……なんだか、いい『舞台』だと。そう思いませんか?」
「えっ……」

 わたしの隣に立つ、『空気が読めないはず』の男の子は。


 そういうと、満足そうな顔で。

 ……舞台の上から、みんなをゆっくり見渡した。




「……海原君?」

 ……どうしよう。

 わたしは、君のその表情。

 いや、それを見たときの、波野さんの表情に。

 ……我が身ながら、覚えがある。

「どうかした、美也(みや)ちゃん?」
 思わず握りしめた右手に、気づかれたのだろうか。
 隣で、続けてなにかいおうとした陽子(ようこ)に。
「ん? なんでもないない!」
 わたしはややうわずった声で、返事をする。




 ……もう、美也ちゃんったら。
 結局ちっとも、『姉』になれてないよ。

 わたしは、年上の幼馴染が。
 こんなに動揺しているのは、いつ以来だろうと考える。
 ダメだ、思い出せない。
 きっとそれくらい、レアな出来事だ。
 だったら、もう。
 無理して『姉の役』はやめたらいいよ。


 ……告白したって、終われない。


 だって、仕方ないよね。
 わたしの『弟』、まぁまぁイイヤツだからね。

 わたしが、もう一度美也ちゃんに声をかけようとしたところで。
 あれ?
 さっきの美也ちゃんの、視線の先って……。
 昴じゃなくて、その隣の……。




「海原君……」
 ……どうしよう。

 ちょっとしか、知らない。
 たったの一回だけしか、隣に座ったことはない。
 でも『ベンチ』とか、『カレーパン』とか。
 あなたのそのやさしさと思い出の密度は、わたしだけのものだ。

 そう思ったら、また都木先輩と、目が合った。
 えっ?
 わたしって、もしかして……。
「あ、あの。海原君」
「波野先輩? どうかしました?」

 利用しようと思って、近づいただけなのに……。
 もう、口に出さずにいられない。
 いいんだよね、ここ。わたしのステージの続きだよね?


「一目惚れというか……。あなたに、恋に落ちました」
「……へ?」
 あぁ、どっちなの!
 やっぱり空気読まないよ、この男子!

「だ・か・ら! 君に、恋してしまったの!」


 ……その瞬間。
 わたしより背の高い誰かが。
 いきなり、思いっきり抱きしめてきた。
「よくいった、波野(なみの)姫妃(きき)!」
「えっ?」
 都木先輩がわたしの頭のお団子を、ワシワシつかんで。
 わたしを抱きしめて、離さない。

「すごい! はっきりいったの『は』、ふたり目だよ!」
 なぜだか春香(はるか)さんまで。
 わたしに抱きついてきたけど。
 なにその、はっきり『は』って?
「えっ?」
「ん?」
 も、もしかして……。
「それ以上は、口にしないの〜!」
「キャー!」
「ちょ、ちょっと陽子〜」




「……なんか、先輩たちのエネルギーってすごいですね」
 ……ステージの上で。
 三人が変な形で、抱き合っている。
「告白仲間だぁ〜!」
 美也先輩が、普段ならあり得ないテンションとキャラになっているけど。
 本当に、『姉』なんだよね?

 そう思って、玲香(れいか)ちゃんに。
「ほんと、なんなんだか……」
 そこまで感想をいいかけたら、急に目が合って。
「……ねぇ、由衣。同級生だからって、油断してないよね?」
 低い声でいわれて、ついでに目力を強くされた。

 わたしも、つい負けじと。
「小学校で仲良かったとか、もう過去の話しなんで。余裕ぶらないでください」
 同じくらい低い声で答えて、それから。

 ……わたしたちふたりは。
 まるで、互いの健闘を称え合うかのように。
 固い握手を交わし、笑顔になった。


「それにしても。月子(つきこ)ちゃんって……」
「わたしたちより、鈍いんだか鋭いんだか……」

 三藤月子は、三人の隣で頭をボリボリとかいているアイツに。
 一方的になにかしゃべっている。
 おそらく、一回お昼しただけでどうこうとか、脇が甘いとか。
 とにかくなにでもいいので。
 いい加減にしなさいと、叱ってくれているのだろう。

「由衣、わたしたちもいこっか?」
 玲香ちゃんが楽しそうに、わたしの手を引いて。
「あんまり遅れても、つまんないですしね!」
 わたしも、そう答えて。


 ……ステージの中央に。
 七人が集った、そのとき。

 客席の、ライトがすべて消えて。
 まぶしすぎるスポットライトが、わたしたちを照らしてきた。


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