(番外編集)それは麻薬のような愛だった
「雫?」
大きな瞳から溢れる涙を拭うと、雫はその手を大切そうに両手で抱いた。
「なんだか…嬉しいなって。いっちゃんのそんな顔、初めて見たから」
「…そんなって、」
「すごく…優しい顔、してるの」
膝の上から下りる雫を支えるように手を添える。そのなんということも無い仕草にも、雫は幸せだと言わんばかりに綻ばせた。
「前は…こんな風に触れてくれる時も、いつもちょっと怖い顔してて…寂しかったから」
「……」
「そんないっちゃんが、優しい顔で見つめてくれるのが…すごく、すごく嬉しくて、」
だからね。そう言い、雫は伊澄に甘えるようにもたれかかった。
「もっと大好きが、止まらなくなっちゃった」
雫の言葉に目頭が熱くなる。腕に寄りかかる雫の頬を柔く撫でれば、心地良さそうにそれを享受していた雫はふと上目遣いで伊澄を見つめて微笑んだ。
「雫…」
堪らない愛しさのままに、伊澄はこの世で一番愛しい名前を呼ぶ。俺もだと素直な言葉を口にし、雫の顎を掬い上げ今度は伊澄から唇を重ねようと顔を寄せた。
——しかし、その時だった。
遠くで小さな泣き声がしているのが耳に届き、どちらともなく動きを止める。
どことなく「ママ」と呼んでいるような喃語で雫を呼ぶ声に、雫はアッサリと体を離し、くるりと顔を背け返事をした。
「はあい。つーちゃん、今行くよ」
そう言い立ち上がろうとする雫の背に切なさを感じ、伊澄はその手を引く。
えっ…と驚きに顔を染めた雫に、わざと大きなリップ音を立てて唇を重ねた。目と口をぽかんと開いた雫を置き去りに、伊澄は自分が行くと言って立ち上がった。
「雫」
「!な、なに?」
我に返った雫を再び座らせ、高い位置からそれを見下ろし伊澄は笑う。
「…今夜、紬が寝たらもう一回、していいか」
「え…」
伊澄の言葉の数秒後、意味を理解した雫はハッと顔を赤らめ口に手を当てた。そんな雫に、伊澄は彼女が嬉しいと言った優しい笑顔を見せる。
過去の過ちが消えることは一生無い。それでも雫が少しでも喜んでくれるなら、いくらでも笑うしこれ以上無いほどに優しくだってする。
——まあ、最近じゃ考えるより先に体が動いてるけどな
手にしたこれかけがえのない幸せを心に噛み締めながら、伊澄は娘の待つ寝室へと歩いて行った。